薔薇屋敷
エリーゼに連れられて、僕らは屋敷の中に踏み込んだ。
赤を基調とした美しく煌びやかな装飾。
天井からぶら下げられた大きなシャンデリアが目を惹く。
屋敷全体に薔薇の香が漂い、癒される。
純白のメイド服や漆黒のモーニングを身にまとった従者達があちこちで作業をしていた。
「図書館……とは言われていますが、正しく言えばここのオーナー様が所有する書庫なんです。一般の方にも自由に使っていいと解放しているので、そう呼ばれているのですけどね」
そういいながらエリーゼが何枚かの地図を手渡してきた。
どうやらそれは図書館……ないし書庫の地図らしい。
これを見るだけで良く分かるのだが、内部は迷路のように本棚が入り組んでおり、途轍もなく広大だ。
「凄い広いですね」
「えぇ。ここの書庫にはそれこそオーナー様があらゆる世界を回ってかき集めた本が保管されているのです。そしてオーナー様自らが生涯執筆し続けている本も保管されています」
「凄いなぁ……」
地図はめくる事に地下へと向かっていくらしい。
と、一つ気になる部屋を見つけた。
書庫の最下層、そこには殆どの本棚が無くだだっ広い余白のみが記されていた。
「ここは?」
「そこは一般の方や私達従者にも立ち入りを禁じている部屋です。オーナー様しかそこに立ち入る方法を知らないので、もし行きたいのであればオーナー様直々の許可が必要になりますが……」
僕と君は地図を眺め、その後目を合わせた。
間違いない、ここにカケラが安置されている。
「あの……オーナーさんに会えないでしょうか?」
「オーナー様は基本表には顔を出さないお方なので……ですが、どうしてもと言うなら。この時期は締め切りが迫ってて切羽詰まってると思いますが……お客様と言うなら、大丈夫だと思われます」
「じゃあ是非お願いします!」
僕らは再びエリーゼに連れられて、屋敷の奥へと進んでいった。
廊下を歩いている途中で、君が口を開く。
「あの、オーナー様ってどんな人なんですか?」
「ご主人様は下に七人の妹様達を持つお方です。もっぱら執筆作業で部屋に籠り切りですが、行事の時には屋敷に街の方々も呼んでお茶会やパーティーを主催したりと、懐が広くて、とても優しい方ですよ」
自分の主人の事を語る彼女は、どこか嬉しそうだった。
赤い絨毯が目を惹く廊下は壁掛けの蝋燭に照らされて淡く輝き、美しい。
絨毯にも薔薇の刺繍が施されていた。
「あと紅茶を淹れるのがとてもお得意で、私達が淹れようとしてもそれだけは譲れないって、自分でやってしまわれるのです」
「へぇ~」
暫く廊下を進んでいくと、ふと一人の少女が現れた。
紫の髪に紫の瞳。
ぼさぼさとした髪に紫のヘアドレスを飾り、深紫のエプロンドレスを身にまとっている。
そして近付いてきてから分かったのだが、体の殆どに肉が無く、首から下は全て骨格のみのようだ。
「あら……エリーゼ、お客さん?」
「はい、スケアリーお嬢様。書庫に御用時があるようでして」
「ふーん……」
スケアリーと呼ばれた骨の少女がこちらに近づき、僕と君の顔を順繰りに眺めた。
「私はスケアリー。薔薇の八人姉妹の七人目。見ての通り、骨。あなた達は?」
「えっとぉ……」
君が名乗れない理由を伝えると、スケアリーは少し驚いた顔をしてから、直ぐに理解したようにうんうんと頷いた。
「分かったわ。良くここまで来れたわね。この屋敷じゃ、頻繁にお祭りやお茶会が開かれるから、行事時になったらまた来るといいわ。よろしくね」
そういって彼女が肉の無い骨だけの、カサカサな右手を差し出してきた。
手を握り握手を交わす。
その硬い手は、ちょっと不思議な感覚だった。
「それじゃ、私は仕事があるから。エリーゼ、お客様の事は任せたわ」
「承知しております」
エリーゼが一礼したのを見届けると、スケアリーが去っていった。
「……それでは行きましょうか」
再び歩き出したエリーゼに続いて、僕達も廊下を歩き始めた。




