和柄タロット幽閉卜者
どれほどまで深く潜っただろうか。
梯子を下り始めて小一時間、等々地面に足が着いた。
蝋燭が点々と、二列にならんで道を作っている。
「ここは……」
「先に進んでみよう。きっとカケラはこの先にあると思う」
「体調はもう大丈夫?」
「うん……心配しないで」
僕と君は再び手を繋ぎ、歩き出した。
蝋燭の道もまた、梯子と同等ほどに長かった。
床板は木製で、踏み込む度にギシギシと子気味の良い音を響かせる。
ボイラールームの暑さは一切無く、ひんやりとした風がとても涼しい。
暫く歩いていくと、一つの格子扉があった。
開けようとすると、錠前が付けられていて開ける事が出来ない。
だがこの先にカケラがあるのは確実なので、僕は仕方なく錠前を蹴り壊す。
数発蹴ってみると錆びついた錠前は簡単に崩れ落ちた。
ゆっくりと格子扉を開く。
蝋燭に囲まれた空間に、一つのカウンター。
そこには、一人の和服を着流した少女がカウンターに突っ伏して眠っていた。
「えっと……カケラは?」
幻想的な店のような風景だがその実、そこは牢獄だという事も察する事が出来た。
僕と君は牢獄内を見回しながら、カウンターの方へ近づく。
なんだか心地の良いアロマのような香りが辺りに漂っていた。
「あのー……」
「……ん」
君が少女に声をかけると、彼女は眠たげに瞼をうっすらと開けた。
顔を上げたから気付いたが、彼女の首には首輪が嵌められており、鎖で壁に繋がれていた。
「えっと……その……」
「お客さん……かな。こんな所に人が来るなんて……何年振り、かな……」
美しい栗色のぼさぼさ頭をリボンで一つ結びにしているその少女は、とても眠たげだ。
僕らは自分達の目的をどう伝えようか迷う。
「まぁ……お客さんなら……そこに掛けて」
「あ……はい」
気付けば背後に椅子が現れているのに気付き、僕らはそこに腰掛けた。
少女はゆっくりと体を起こすと、袖の中から小さな手を出して、何かをゴソゴソと探し始めた。
「……私の名前はカグラ。君達は……?」
「えっと……分からないんです」
「分からない……?」
カグラと名乗った少女は一つの和紙で出来たカードの束を取り出した。
そのカードには美しい絵柄が描かれている。
「うん。僕達は自分の名前と記憶を探すために、旅をしてるんだ」
「……なるほど。じゃあ君達が……」
「え……?」
「いや……なんでもない」
カードの束をカウンターに置き、カグラが一息つく。
「じゃ……かき混ぜて。二人一緒に視るなら、二人で一緒に」
「え、あ、はい」
僕と君は一緒にそのカードの束を広げ、ランダムにぐちゃぐちゃと混ぜこぜにしていく。
「ひとしきり満足したら……さっきみたいに纏めて、私に」
僕が綺麗にカードを一纏めにして、カグラに手渡す。
彼女はそのカードの束を丁度真ん中あたりで二つに分けると、僕と君の前に置いた。
「一番上だけ……めくって」
僕と君は顔を見合わせ、一番上のカードをめくった。
僕のカードには、黒い鳳凰のような鳥が、同じく黒い球体……恐らく太陽を意味するだろう、それに向かって飛んでいるような絵柄だった。
君のカードには、白い鳳凰のような鳥が、同じく白い容器……恐らく棺桶を意味するだろう、それからゆっくりと体を擡げ、天に向かって翼を広げている絵柄だった。
双方のカードの下部には「XX」の文字が刻まれている。
カグラはその二枚のカードを見て、目を見開いた。
「……この二枚が、一緒に出るなんて……」
「あの……これって……」
「あ、うん……えっとね」
カグラが白いカードを手に持つ。
「この白いのは二十番目の【宣告】。そして正位置。表す意味は『再生、復活』そして『覚醒』。君の失っていたものは、そう遠くない内に、復活すると思う……だから、そのチャンスを決して手放さないように」
「は、はい」
次にカグラは黒いカードを持った。
「そしてこの黒いのは、【宣告】に対応するもう一つの二十番目のカード、【終天】。正位置。表すのは『永遠、啓示』そして『幻滅』。君は囚われ、自分を束縛していた幻想から解き放たれる事で永遠の自由を手にする事が出来るかもしれない……だから、何者にも、決して、囚われちゃいけないよ」
「……幻滅」
僕は君の顔を見た。
僕を囚え、束縛している存在……。
それは絶対に君では無いと、自分に言い聞かせた。
「……このカードは君達にあげる。それと……旅を続ける君達に、私からの餞別」
そういってカグラが、袖から何かを取り出した。
それは淡い光を放つ、ハートのカケラだった。
「これ……っ!」
「君達が探していたのはこれだよね?……君達が運命を掴むために、必要不可欠なモノ。でもそれは同時に、この世界の脅威ともなりえるモノ……」
「……ねぇ、カグラ。君は何を知ってるの?」
僕はカグラに問いかける。
カグラは一瞬鋭い目つきになったが、すぐにまた眠たげな眼差しに戻った。
「……なーんにも。私には、知らなくていい事だから。棄てられて、ここに閉じ込められた私には、必要の無い、関係の無い事だから……さ、この裏から直ぐに地上へと戻れるよ」
カウンターの裏には扉があり、それはエレベーターになっているようだ。
「あの……カグラさんも一緒にここから出ませんか?首の鎖は私達がなんとか壊しますから……」
「……」
君の言葉を聞いたカグラは、無言で自分の脚を見せた。
そこには、両脚とも膝から下が引き千切られたように、脛から先が存在していなかった。
「あっ……」
「……私は永遠にここに囚われ続ける。【終天】を得た君と違って、私はこの狭い牢獄に、永久に……でも私はそれで良いと思っている。この世界の秩序が、保たれる為なら」
カグラはそういって、初めてほほ笑んだ。
その笑みは、とても儚げで、それでいて可愛らしかった。
「……私の慧眼からすれば……君達が次向かうべき場所は図書館だ。そこはこの和柄世界からは逆方向の西洋世界にある……電車を使うのもいいけど、たまには違う脚を使ってみるのもいいかもね……」
「あの……ありがとうございました」
君がカグラに頭を下げる。
カグラは再びカウンターに突っ伏して、目を閉じた。
「……また、遊びに来てね。私はいつまでも、ここに居るから」
「うん。約束するよ!」
僕がそう反すと、カグラはゆっくり微笑み、やがて寝息を立て始めた。
地上に戻った僕らは汗でベタベタになった体をもう一度温泉で清め、西洋世界に行くための方法を探す。
街中を歩きながら、僕と君は地図を眺めた。
「一応電車もあるみたいだけど……カグラさんの言ってた他の方法って……」
ガイドマップを見ながら、君が呟く。
すると僕はある一点に目を付けた。
「……船、か」
「あっ!」
この和柄世界の端には、一つの港があるのに気付いた。
どうやら西洋世界行きの定期便があるようだ。
「行ってみよう!」
「うん!」
僕と君は手を繋ぎ、港を目指して歩き始めた。
そして港に着いた僕らはがっくりと肩を下した。
船の運賃があまりにも高かった。
今の僕らの所持金では到底乗れそうにない。
「……ガックシ」
「他に方法があるって事なのかな……」
「あぁ……どういう事なんだ、カグラ」
先ほど貰ったカードを天に透かして眺めながら、ぽつりと呟いた。
その時、一人の船乗りのような男が、こちらに近寄ってきた。
「おい、君……そのカードはカグラ様のじゃないかっ!」
「……え?」
男は心底驚いたように、カードを見る。
「君達、何か困ってる事があるんだろう?」
「はい。船に乗れなくて……」
「あぁ、お安い御用だ!俺の船を一隻あげよう!」
「……え?」
「……は?」
男の唐突な発言に、僕らはぽかーんと口を開いた。
吹き抜ける海風が、とても心地良い。
磯の香が、鼻孔をくすぐる。
揺らめく波の中を、木造船はオンボロとは思わせない力強さで駆け抜けていく。
「いやー!やっぱり気持ちいいね!」
「うん!まさか船が貰えるなんてね!」
男によると、昔和柄世界にはカグラという巫女が居たらしい。
彼女は自分が「奇跡を起こす可能性がある」と認めた者に、あのカードを授けていたらしい。
しかし彼女はとある邪悪な存在を、自分の愛、慈悲から擁護してしまった為に同罪とみなされ、足を奪われ、地下に幽閉されたという。
和柄世界の仕来りとして、カグラから授けられたカードを持つ者に協力すると、自分にも素晴らしい恵が授けられるという事で、カードを持つ者が困っていたら積極的に助ける、という決まりがあるらしい。
僕達は探していたカケラを貰っただけでは無く、カグラにはかなり助けられることになった。
「また、名前を取り戻したら会いに行かなきゃいけない人が増えたね」
「いろんな人たちから、助けてもらってるもんね。名前と記憶を取り戻せたら、お礼もちゃんとしないと……うっ」
海風に当たっていた君が、突然胸を押さえた。
苦しそうに、その場に蹲ってしまう。
「どうしたの!?」
「なんか……胸が……」
君はワンピースをめくって、胸を眺めた。
そして僕はそこにあったものを見て、目を見開いた。
君の胸には、今まで無かったはずの一つの手術痕が刻まれていた。
「え……」
「あなたは……?」
僕の体には、なんの違和感もない。
確認しても、傷は無かった。
こんな事は初めてだった。
カケラを手に入れたのに、片方しかその影響が表れていないのは。
「……どういう事なんだ……」
僕は頭を悩ませた。
君は直ぐに痛みと苦しさは去ったようで、自分の傷を不思議そうに指でなぞっていた。
何はともあれ、船は和柄世界の領域を抜けて、海を進んでいく。
この先で何が待ち受けているかは、全く見当も付かない。
だからこそ、僕と君は、自分達の真実を知るために、まだまだ旅を続けるのであった。




