46ー8 大騒動
天宮城が黒馬(スラ太郎)から飛び降りて二人の所に駆け寄る。
「無事か⁉」
「私はなんとか……。でもアインちゃんが……」
「みせて」
躊躇なくアインの服を裂いて怪我の様子を確認する。
「出血は少ないが肋骨が内臓に刺さってるみたいだ」
「だ、大丈夫なの⁉」
「大丈夫ではない」
天宮城は地面に両手をついて目を閉じる。その瞬間、重力が倍増したと感じるほどの緊張感が辺りを覆った。
「っ⁉」
「あんまり使いたくなかったけど……そんなこと言ってられそうにないな」
『アレク! やるの⁉』
「ああ。手伝ってくれ」
指に力が入って地面を抉っていく。それに合わせて天宮城の額に大粒の汗が浮かび始めた。
『アレク。飛んですぐは無理』
「大丈夫だから。アインの方が危ない」
『でも』
「凛音。頼む」
『……ん』
凛音が天宮城の背中に手を当てる。
『三分以上はやらない』
「わかった。任せろ」
凛音の小さな足に地面から生えてきた草がぐるぐると巻き付いていく。そしてそれは天宮城も縛り付けていき、数秒後には足がすべて埋まっている状態になった。
「ぐっ……中々、キツい……」
荒い呼吸を繰り返しながら汗を拭う。鼻からは赤い液体が垂れていた。
「ふぅ、はぁ……頼む、『言霊、彼の者の傷を癒せ』」
たった一言。それだけに一体どれだけの力が込められたかは想像に難くない。
元々天宮城がスキルとして扱える言霊は精々四文字が限界だった。それを無理矢理ルペンドラスの魔力で引き上げて単語しか発せられなかったものを文章にしてしまった。
本来、魔力を持たない天宮城にルペンドラスの力を貸し出したところで、ガソリンで動く自動車に電気を流しているだけみたいに全く意味のないものになる。
それを凛音に電気自動車に改造してもらっているのが今の状況を一番分かりやすく例えた例だろう。
だが、電気自動車に雷並の電力を送り込んだらどうなるだろうか。今の天宮城はそんな感じである。
だからこそ言霊を直接名指しすることで最大限の力を使うことに成功したのだ。言葉が長ければ長いほどいい、というわけではないが詳しい言葉を口にすれば効果は上がる。
「凄い……!」
変形、変色していた腹部が逆再生でもしていくように元の形に戻っていく。
アインの呼吸も徐々に落ち着いたものになっていき、天宮城が地面から手を離したときにはどこにも異常が見当たらなくなっていた。
足を縛り付けていた草は即座に枯れ、朽ち果てて塵となる。
『アレク』
「……」
喉を押さえながら凛音の頭を軽く撫でる。滅茶苦茶な言霊の使い方をしたので当分は声が出ないだろう。
フラつきながらも凛音の手を借りて立ちあがり、スラ太郎にアインを乗せる。
町を指差してトントン、とスラ太郎の背を軽く叩く。
察してくれたのかスラ太郎が天宮城の歩調に合わせるように歩き始めた。
「あ、まって……」
江原と凛音もその後に続いた。二人ともなにも言わずについていったのは、天宮城の様子が明らかにおかしかったからだろう。
顔色が青く、両目が赤く虚ろでいまにも倒れそうなのに歴戦の戦士だと言われても納得できるほどの異様な雰囲気を漂わせていた。
殺気に似たようなものも感じる。
それからどれ程たった頃だろうか。天宮城の足跡に血が滲み始めたのは。
『アレク……! 足、切れてる……!』
どれだけ声をかけられても真っ直ぐ前だけを見て歩き続けている。太股から出血しているのが見えるのだがそれすらも意に介していない。
歩きながら気絶しているのではないかと思えるくらい、様子がおかしかった。
もうそろそろ本気で天宮城を止めないと危険だと凛音達が考え始めたところで、アインが起きた。
「あれ……なんで馬に……?」
「アインちゃん! 大丈夫⁉」
「う、うん……なにがあったの?」
覚えてはいないらしいが、とりあえず無事なのはわかった。
江原が安堵の息を漏らす。凛音も完治はさせたが心配なのは違いなかったのでペシペシとアインの足を叩く。
『起きるの遅い』
「ご、ごめんね……?」
スラ太郎もアインをおろしてから頭を擦り付けた。
皆で喜んでいると、天宮城がぼんやりとアインを見てから数回ゆっくりと瞬きをする。
そしてなぜか焦点のあっていない目で全身をくまなく観察してから手で触って確認し始めた。
「え、ちょっと、アレク? どうしたの?」
無言でアインを触りまくったあと、小さくため息をついてから崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「アレクさん⁉」
「アレク⁉」
『やっぱり無理してた……!』
即座にスラ太郎に乗せて走って帰った。
数時間経ち、ようやく目が覚めた天宮城に珍しく凛音がお説教を始めた。
ただ、天宮城が起き上がれないので天宮城をベッドに寝かせたままでただひたすらに文句をいうという謎空間になっていたが。
『慣れてないのにあんなに言霊使っちゃ駄目』
「……(コクリ)」
『ルペンだって心配してた』
「……(コクリ)」
『暴走しかけてた』
「……(コクリ)」
天宮城が話せないだけなのだが、返事がないというのは相当むなしい。
なにもない空間に向かって説教しているのとそう変わらない。
それでも話し続けるのでアイン達が少し天宮城を哀れに思って止めにいった。
「凛音ちゃん、そこまでにしてあげようよ」
『駄目。またアレクは同じことする』
「もうやらないかもしれないよ?」
『ううん。やる。人間は脆い。なのにアレクは言霊使う。駄目』
単語すぎて何を言いたいのかわからなかったのでスラ太郎に事情を説明してもらった二人。
体に合うはずのない魔力を大量に受け入れて言霊を使い、反動で毛細血管ズタボロだということを簡潔に伝えられてからはアインと江原も説教に加わった。
「私はね? 確かに治してもらったことは感謝してるよ? けどね、もうちょっとゆっくりでも良かったとおもうの」
「……(ゆっくり目を逸らす)」
「アレクさん。アインちゃん話してるんでこっち向いてください」
一時間ずっとこの調子だったのは言うまでもない。
そしてこの騒動によって更にまた別の騒動が引き起こされることとなる。