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40ー3 夢の可能性

 水の落ちる音がする。


 閉じていた目を開けてのびをすると身体中の骨がパキパキと悲鳴をあげた。変な体勢で寝てしまったので節々が痛い。


 声も出ることを確認してからゆっくりと立ち上がった。体感的に寝ていたのは10分程だろう。


 先程までしていなかった水の音がする方向に向かって歩を進める。


 足の怪我も既に治っていた。相変わらず自分でも気持ち悪いと思ってしまうほどの回復力である。


 しばらく進むと行き止まりに辿り着いた。水の音は壁のむこう側から聞こえるのだがそこに至る道がない。


 だが、この音がしているということは少なくとも向こう側は空洞なのだ。


「壊れろ」


 そっと壁に触れて呟くと、壁がボロボロと静かに崩れ落ちていく。天宮城は喉に手をやりながらできた道を進んだ。


 数分歩くと、小さな池があった。かなり周りが暗いのでよく見えないが底には魚が泳いでいるようだ。


 それを見て人魚のクレアを思い出しながら水を鑑定し、飲めるものだとわかった瞬間に手で掬って喉を潤す。


 ここに来るまでなにも口にしていないので相当喉が乾いていたのだ。


 数回それを繰り返して一息つく。水はひんやりと冷たく、雑味がなかった。ここで湧いているのだろうか。


 池の中を進む気にはなれない。入るには水温が低すぎるしどんな生き物がいるのか暗くて判断できないので下手に入ってはいけないものだと思ったからだ。


「ふぅ……」


 とりあえず顔だけ洗って袖の内側で拭く。水場がここにしかないのなら動物がくるかもしれないので早々に移動を開始する。


 ゆっくりと確実に周辺の地図を頭のなかで描いていく。だが、それほど複雑ではなさそうなのに出口が落ちてきた穴くらいしかない。


 本当に出たいのなら、あの穴を力業で突破するしかないのかもしれない。


 壁を動かせるなら最適化で階段でもつくってなんとかなるかもしれないが、いつの間にか最適化のスキルが使えなくなっていた為にそれは結果的に不可能になってしまった。


「最適化の代わりにこれ(・・)か……」


 口に出さなければならないという面倒くささはあるけれど、最適化と比べればその有用性は明らかだ。最適化の場合は時間を巻き戻したり時間を早めたりするくらいしか出来なかったのだが、新しい方は生き物にでも使用可能のようである。


 いろいろ試してみて判った事だが、二つ以上にこのスキルは使えない。使った場合古い方のものが上書きされる。


 自分にはかけることはできず、使う際には目視が必要である。


 使いすぎれば負担は相当なものだが今はそんなことを言っていられない。


 穴の真下に行き、穴に向かってなにかしら長文を呟く。


 5秒ほどの少し長めの呟きだったが、それだけで天宮城の鼻と口からは血が垂れていた。


 その直後、穴に大量の突起ができる。天宮城はボルダリングの要領でその突起を掴みながら順調に穴の上に進んでいく。


 途中休憩する場所も作りつつ一時間ほどかけてなんとか穴から出ることに成功した。


『アレク、頑張った』

「………」


 普通にお茶をしていた凛音達にジト目をむける天宮城。こちらは本気で命の危機に陥っていたのに、暢気なものである。


 元々過去の経験から人間不信になりかけている天宮城。今回の件で余計にそれが強くなってしまったようである。


『アレク、ごめん。契約者の試煉、だから……』

『誰だって通る道なんやで』

「………」


 無言。


 しかも無表情。


 あ、そう。……で? とでも言いたそうな表情である。


 凛音は察した。多分ここで返答を間違えると一生自分を信用してくれなくなるだろうと。


 表向きには気楽に接するかもしれないが実際のところ全く信用していないという事実が出来上がりそうである。


 着物は派手に裂けたり汚れたりしているし、どう見ても相当血が流れたような痕もちらほら見える。


 文字通り死線を潜ってきた天宮城はただただいつも通りのポーカーフェイスだった。ただ、無言。どうみても顔に浮かべている笑みなど思ってもいない表情だ。


『ええっと、ごめんな? これは通過儀礼ってやつなんよ……ちゃ、ちゃんと合格したからええやん?』

「………」


 ただひたすらに笑顔を浮かべている。何を考えているのかわからないという怖さは予想以上。


 笑顔に恐怖するときが来るなどとは思ってもみなかった。


「わ、私もやったし……」

「………」


 笑顔。それはもう、ただただ張り付けたような笑みである。


 誤算だったのは天宮城の地力が相当低かったのだ。この世界の者ではないのでその分強くはない。


 精々村の女性とタメをはれるくらいだろうか。下手したらそこら辺にいる子供にも勝てないかもしれない。


 その弱さを武器やスキルで補っている天宮城からすればスキルも武器も使えない今回の試煉は本当に危険だった。


 だが、ニルバート達は天宮城の力量を知らないのでとんでもないことになってしまったのだ。


 天宮城が虚空から紙とペンを取り出してなにか書いて見せる。


【お話はそれだけで?】


 今まで無言だったのは単に喉が痛かったからなのだが、もし喉が痛くなくても無言で対応していただろう。


 文字からの圧力が半端なものではない。


 安定しない場所での走り書きの文字なので余計に威圧感が漂っている。


「え、あ、はい……」


 もう、頷くしかない。あとは頑張れ凛音、とニルバートはそそくさと自分の部屋に入っていった。


 凛音も凛音で帰り道一言も話さなかった天宮城のご機嫌をどうとろうかと必死に考えていた。








 船に戻ってから天宮城は即行で自分の部屋に行ってしまった。


 服は新しいものにしたが体力的に消耗しているのは見ればわかることだ。


 アイン達にことの顛末を聞かせてからどうするかを話し合う。


「アレク、見た目によらず頑固なのよね」

【早く謝りに行った方が】


 スラ太郎達に言われて天宮城の部屋の戸をノックしてそっと開ける。


 天宮城は部屋に入ってすぐにベッドに入ったようで静かに寝息をたてていた。謝るのは明日になりそうである。

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