40ー2 夢の可能性
万策尽きた天宮城は地面に腰を降ろしたまま荒く呼吸を繰り返していた。
「どうしたらいいんだよ……?」
ピクン、となにかに気づいたように体の動きが止まり、横に開いている穴の方を見てゆっくり音をたてないように立ち上がる。
その穴から出来るだけ離れるようにゆっくりと後ずさりながら注意深くその穴を見る。
「…………」
数匹の体長1メートル程の大きさの狼が現れた。天宮城の額の冷や汗が地面に斑点を作る。
狼に対してこちらは素手である。琥珀のように戦えるならまだしも、天宮城は身体能力はただの一般人と何ら変わりはない。
少し運動神経がいいだけで狼の群れから逃げ切るのも、ましてや戦って勝つなど不可能だ。
「グゥルルルル」
一匹が軽く唸る。天宮城は刺激しないように目を離さないようにしながら後退するのだがその分距離を詰められる。
踵が、壁に当たった。
「っ⁉」
もう逃げ場がない事を天宮城が理解した瞬間に狼が地を蹴る。天宮城は咄嗟に壁の窪みに足をはめて跳躍した。
だが、狼は群れ。一匹と対峙している訳ではないのだ。
「がっ……⁉」
少し離れた場所にいた狼が着地したばかりの体勢が整っていない天宮城に体当たりを叩き込み、弾き飛ばされて地面を転がる。
壁際で止まったが、そこに追い付いた狼から逃れる術はない。
左足を鋭い牙が深く突き刺さり、声にならない悲鳴が天宮城の喉から漏れる。
もう一匹が天宮城の胸の辺りに爪を突き立てた。が、何故か全く歯が立たずに弾かれた。
「えっ?」
これには天宮城も驚いた。よく見てみると切られた服の隙間から、あの黒い石が見える。
(これなら貫通しないのか……⁉)
左足にはまだ一匹狼が食らいついている。天宮城は右足で蹴り飛ばし、なんとか一旦追い払うことに成功する。
ドクドクと血が流れ出しているが今それをどうにかする方法がない為にとりあえず腕に巻いている飾りの紐を一本抜いて包帯の代わりに巻いた。
なんとか立てないほどではないが、走り回るのは無理だ。
(今使える手は……裁縫、は意味ないし、鑑定してどうにかなるものでもない。料理なんて道具ないと発動すらしないし)
壁を支えに立ち上がるがどうにかする案が浮かばない。
(物も海の上みたいに安定しないならともかく全く出ないし、付け焼き刃の魔法も不発……アクア達もいないし、武器もない……)
一気に血を流しすぎたせいだろうか、一瞬目の前が真っ暗になって頭が冷水に浸かったように温度を失ったように感じる。
「あと、俺に……俺が、できること、は……」
まだ、試していないものがあったとはたと気がつく。狼が一斉にこちらに向かって走ってきているのを横目で確認してから大きく息をついて地面に両手を叩きつけるように置いて叫ぶ。
「最適化ぁっ!」
わざわざ声に出す必要もないのだが、この状況で冷静にしろと言われても不可能だろう。
天宮城のスキル【最適化】はものの状態をイメージしたとおりにする事ができる。天宮城はダメージ加工くらいにしか使っていなかったのだが、よくよくこのスキルの名前を見直してみれば何に最適化するのかハッキリと明記していない。
極論を言ってしまえば『自分が望む事象を起こす』事も可能なのではないか。
布の質を変えられるのなら、もしかしたら金属に変えられるかもしれない。そう思ったのだ。
「「「ギャンッ⁉」」」
賭けは成功した。天宮城がイメージしたとおり周囲の地面が盛り上がって天宮城を囲うように二メートルほどの壁を作り出す。
だが、天宮城の消費も計り知れないものだった。
「うっ……ゲホッ、かはっ……」
全身を電気が通り抜けたような激しい衝撃とそれに伴う痺れ、口のなかでは血の味がしていた。
息をするのすら辛い。
ゆっくりと壁のなかで体を横たえる天宮城。普段精々布一枚しか使わない能力を突然半径数メートルに渡ってしかも動かしにくい石を動かすのは相当な無茶だったようだ。
壁の向こうではガリガリと爪で引っ掛かれているような音がしている。
気持ち悪さととてつもない倦怠感に目が回る。呼吸の度に胸が痛む。
突然、体が軽くなった。まだ少し怠いが先程と比べれば天と地の差で、一瞬自分が死んだのかと勘違いしたくらいの違いだ。
初めて専属武器を手にしたときのように、使い方がなんとなくわかる。
天宮城が壁に触れ、囁くような声で告げる。
「壊れろ」
壁が塵になって消えていく。上から形を失っていき、狼と天宮城は互いの姿をしっかり視認できるようになった。
「ガルルルル」
「……吹き飛べ」
狼の足元が爆発し、狼が地面に叩きつけられる。それをみた他の狼達も一瞬動揺したように動きを止めたがまた直ぐに天宮城に襲いかかる。
天宮城は冷静にある一匹を見つめて、
「止まれ」
声をかけるとその一匹の動きが止まった。次の狼に向けて、
「落ちろ」
跳躍していたその狼は上からなにかで思いっきり押さえ付けられたように地面に大の字になった。
その瞬間に止まっていた狼の動きが元に戻る。
(一回ずつしか使えないか……なら)
苦しいのを無視して息を目一杯吸い込んで叫ぶ。
「爆発しろっ!」
パチッとスパークが起き、天宮城の目の前の地面が爆発する。巻き込まれた狼達はかなり距離を置かなければならないことになった。
天宮城は口のなかに溜まった血を近くに吐き捨てて口を拭う。
狼達は這々の体で逃げていった。それを見送って緊張の糸が途切れて地面に座り込んでしまう。
顔をしかめて喉を右手でさする。
(便利だけど……これは辛い)
喉の奥を内側から針で刺されまくっているような痛みがあり、声を出すことができない。
とりあえず狼は去ったので安心はできないがひとまずは休めるだろう。
(っていうかなんでこんなことになってるんだよ……)
相当今更なのだが、商売の精霊に文句しか出てこない天宮城は全身の力を軽く抜いて目を瞑った。
よほど疲れていたのか気づけばその体勢で物音がなるまでしばらくは眠り続けていた。




