39ー3 力の意味
「ひとつ聞いても?」
「どうぞ」
「何故このようなことを考えた?」
寺町が天宮城の持ってきた資料を指差しながらそう問う。
天宮城は一瞬考えて、
「……僕は超能力を持ったのが小学生の時だったのですが、不眠症で眠れないのが辛くて仕方なかったんです。寒いから早く寝てしまいたかったのですが隙間風が吹く度に目が冴えてしまって、いつも寝不足でした」
隙間風が吹く、とういうのは普通はあり得ないことなのだが。
「能力を持つ人は大抵その能力に助けられています。叶えたいものがある人ほど能力がそれに沿ったものになるというのは研究で明らかになっています」
「それで?」
「ですから……能力をただなにかが起こったというだけで消すのはあまり好きではないんです」
警察には能力を消す道具がある。開発に天宮城も携わってはいるが、やはりあまり好きではない。
無理矢理能力を奪うというのはどうしても抵抗があるのだ。
要らないと思っていても消せない自分の能力には嫌気が差しているが。
「せめて話し合いでもできれば、というただそれだけの事です」
天宮城の言い分はお世辞にも纏まっておらず、感情論でしかなかった。だが、能力を誰よりもよく知っている天宮城だからこそ、その言葉には中身がある。
人一倍悩み続けた結果今の自分があると明言する天宮城である。
その言葉の重みが解らない人はいないだろう。勿論川瀬はともかく寺町は天宮城の過去など知らない。
だが、天宮城の一つ一つの声に込められた思いが解らないほど鈍感でもない。
「あくまでも、自分がやりたいからだと?」
「はい」
どこまでも真っ直ぐな天宮城の目を見た寺町は小さく苦笑を漏らし、
「もう少し検討してみよう。これは貰うが構わないか」
「どうぞ。ですが試作品なので使い勝手は悪いですよ」
「話し合いで見せるだけだから構わないさ」
川瀬が建物から出るなり、
「終わったー‼」
と空に向かって声を出す。叫んでいるわけではないので周りの目を一身に浴びるようなことはなかったが、目の前を通りかかった人には怪訝な表情をされていた。
「なにもしてないじゃん」
「したよ。実際に能力が封じれるかとかやって見せたじゃん。っていうかなんで龍一がやらないの」
「俺に能力をどうこうってのは出来ないっていっただろ。俺の能力を使って作ってるんだから。それに俺の能力は見せれるものじゃないし」
その点割りと派手な能力の亜空間作成は見本としては最適なのである。
そんな扱いでいいのかということについては、その能力を完全に荷物運びにしか使っていないという時点で色々と遅いと思う。
「……ねぇ、龍一」
「ん?」
「もしこの世に能力がなかったら自分は何をしていたんだろうって考えたことある?」
「あるよ」
勿論。と首をたてに振って、
「でも結局わからないんだよな。ずっとあの田舎で暮らしてくのかなって昔は思ってたけど、俺は元々都会人だし。それ以前に母さんがかなり特殊だし」
あの少し強引な母親を思い出しながら鞄を抱え直す。
「虐待を受けていた時は、死ぬまでこれが続くのかって思ってて、その前はずっと都会で暮らしてくんだろうって思ってたから。未来なんてちょっとしたことで変わるだろう?」
未来を見る能力者でもそれで見えた世界が絶対に未来として訪れるという保証はない。
一番可能性の高い未来がそれというだけなのだから。
その時になるまで未来など不確定な霧や煙のような曖昧なものでしかないのだ。
だから、未来のことを考えても仕方がないとは思う。思うが、
「やっぱり能力がない世界だったら俺、もう死んでるかなって思うけど」
虐待の傷で死んだだろう。
放っておいたら壊死するような痣や膿んでいた傷が大量に残っていたのだから。
「そうだよね。私は多分都会には来てないかなって思うよ。住めば都っていうしね」
住み慣れた土地が一番! と天宮城に向かってピースしながらそう言う川瀬。
大きく世間を騒がせた天宮城達だが、実は全員自分の力があまり好きではない。
それであったメリットよりもデメリットのほうが上回っているからだ。
天宮城のように酷く自分を追い詰めたり自殺未遂までしようとした人は流石にいないが、それでも消せるのなら消したいと思っているのだ。
立場的に不可能だが。
それでも全員能力が消せるかどうか試したことがないわけではない。
だが、全員一時的に使えなくなっただけで一日もすれば普通に能力が使えるようになってしまっていた。
最初の10人の能力は異質なもので、他の人に比べて威力がかなり高いがその分なにかしらのリスクを背負っている。
天宮城の場合は暴走のリスクだ。そしてこのリスクを回避する方法は今のところ見つかっていない。
気絶するか、力尽きるかの二択でしかなく、制御はできない。
「俺たちの力ってなんなんだろうな……」
一体この力は何のためにあるのだろうか。誰かが意図的に力を与えているのだとすれば、理由はなんなのだろうか。
答えがでない問いに、いまだに頭を悩ませ続けている。
力を得たときから、ずっと。
「お、来たな。龍一」
「急に呼び出してどうした?」
「ちょっと気になることがあってな……あ、おい。蓮。表の看板ひっくり返して来てくれ」
店の奥にそう呼び掛けてから手に持っている洗い物を天宮城に押し付ける。
「拭けってか」
「これくらいしてくれよ」
「はいはい」
押し付けられたグラスの水気を布巾で拭き取っていると、店の奥から藤井くらいの年齢に見える男性がパタパタと走ってきて扉の看板を裏にする。
「お、ありがとなー」
「いえ、いいんですが……こんな時間から店を閉めてしまって大丈夫なんですか店長? それにお客様がいらっしゃいますし……」
「こいつは客としてみなくていいから。休憩してくれていいよ」
その言葉に天宮城が苦笑する。
「一応客なんですけどね?」
「客として扱われたかったら普通に店に来い」
「それはごもっともだな」
拭き終わったグラスを手渡しながらカウンターに座った。
「で、零士。今日はなんだって? 約束の期日まで後数日あるけど?」
「その件なんだが、今回は降ろさせてもらいたいんだ」
「珍しいな。突然どうした?」
「ちょっとしたいざこざでね。期日までに用意できそうにない」
天宮城はもう一度珍しいな、と呟いて頷いた。
「急ぎではないし問題ないさ。ただ、違約金は貰うけどね」
「わかってるさ。今日中に振り込んでおくよ」
「頼むよ。で、なんか食べるもんない? お腹すいちゃって」
「自分で作れ自分で」
「作ってよ零士ー」
数十分後、作りおきの軽食を平らげた天宮城が店を出ていった。