「ちゃんと、無事に元の世界で暮らせるように、送り届けたいんです」
セグルズに案内されるまま、客間のような部屋に通された。
ここに来るまでの道中、謎の緊迫感があり誰も言葉を発していないので実に静かな移動だ。
シアンの場合はこの屋敷の構造や地下にあった罠を少しでも解析できないかと内側にこもっていただけなのだが。
ようやく地下牢の氷漬け罠を解析したい欲が収まったのか、白亜が椅子に座ったと同時にシアンが話し始めた。
『ここに通していただけた理由を、お聞きしても宜しいでしょうか』
「……ふむ。今話しかけてきているのも君の力か。あのまま地下牢で話しなど私が嫌だからね。それより、この声に関する説明をしてもらっていいか」
『申し遅れました、私はシアン。白亜様のサポートするための人格……そのように捉えていただければと』
突然白亜の許可なしにシアンがセグルズに話しかけたので、白亜は少し驚いた。
普段なら白亜の方からシアンに話しかけるように指示するか、そうでなくともシアンの方から『直接お話しても宜しいですか』と白亜に聞くのがいつもの流れなのだが、今回は相手が神である。
まさしく人智を超えた存在であるからか、シアン側が『あまり隠すのは良くない』と判断して勝手に動いた様子だ。
どれくらい自分のことを明かしていいのか迷っている白亜は、シアンの自由な行動をそのままにすることにした。
シアンの行動は基本的に白亜中心で決まっている。とはいえ白亜の不利益にならないことと判断すれば、勝手に実行してしまうのは良いのか悪いのか。本来はあまり良くないのだろうが、白亜が特に気にしていないのでのびのびと行動できるシアンである。
『まず私から、何の連絡もなしにこちらへ来てしまった事をお詫びいたします』
「ああ、そんなことはいい。それよりも要件を伝えてもらえるかな?」
空気が若干ピリピリしているのは気のせいではないだろう。
本来、白亜がここに来るには幾つかの手順を踏まなければいけない所を、完全に無視してしまっている。
白亜のような下級の神が他世界へ赴く際は、直属の上位の神……白亜の場合はチカオラートかエレニカなどが当て嵌まるが、彼らに頼んでアポイントメントを取るところから始めなければならないものだ。
神々の時間感覚は非常にルーズなので、取ったところで数週間から数ヶ月先にしか会えないというのもザラであるが、そこは諦めるしかない。加えて白亜の場合はエレニカとの関係値が明らかにズブズブなので、敵対はしていないが協力関係も積極的に結んでいないセグルズに会いに来るというのは、まず何かあると疑われるだろう。
関係性がゼロにも等しい相手の家にアポなしで訪れるヤバいやつ、という扱いでもおかしくは無い。
『それでは、失礼ながら簡潔にお答えさせていただきます。どうやら現在、我々の認知しない場所で異界の行き来があるようなのです。それも、すぐに察知できないほど遠くの世界から人が呼び出されております。この状況にお心当たりはございますでしょうか』
セグルズはシアンのこの言葉に訝しげな表情を浮かべる。
それもそのはず、セグルズには今の所関係のなさそうな話だ。勝手に異世界から人が召喚されるのだという話が、自分の管理している世界の話なら納得がいくが、そんなことでもない。
「君は、何を言いたいのかな。まさかそれが私のせいだとでも言いたいのかね」
『いいえ。勿論そんなことをなさる方だとは思っておりません。メリットもないでしょう。ただ、関わりもなく、察知すらできない遠い異世界と繋がったことが非常に不可解でして、思い当たる事例はあるのかをお聞きしたいだけなのです』
シアンの答えに数秒考え込んだ様子のセグルズが、小さくため息をついて頷いた。
「そうか……勘違いしているようだ。ここは正直に言わせてもらおう。私は君を信頼していない。理由は言わなくても分かっているだろうね?」
ここに来る前から分かっていた事である。
エレニカと縁が深い白亜は、セグルズとはかなり複雑な関係にあると言っていい。白亜自身がどう思っていようと、周りから見れば『セグルズとは対立気味のエレニカ派の一人』でしかない。
わかりやすくエレニカとセグルズが敵対しているわけではないのだが、今の所エレニカの立場をセグルズ側が妥協しているだけのこと。状況的には冷戦状態である。
スパイか何かだと言われて、来た瞬間に捕まえられても文句は言えないくらいには仲が良くない。
「はい。それでも、お話を聞きたいと思い、ここに来ました」
「……どうしてそこまでする? 今、エレニカ派の神が集まっていて、話を聞ける者が他にいないのは知っているが」
白亜が急いで情報を集めようとしているのは、エレニカ達がいつ帰ってくるか不明なのもあるが、それ以上の理由もある。
リグラートと日本の時間がかなりズレていたように、あまり期間をあけすぎるとテオドールの生きていたはずの時間軸がわからなくなってしまうからだ。たった一日遅らせただけで、数年、数十年経過してしまう可能性がある。
数千年くらい白亜なら遡ることが容易にできるのだが、問題はその時間軸を探す難易度が跳ね上がることだ。
どこまで遡ればいいのか、白亜にはわからない。目印がなければどの時間軸にテオドールを帰せばいいのかわからないのだ。白亜自身も知らない世界であるために、「今こういうことが世間で起きているから〇〇年代だ」などという歴史などでおおよその年代を把握することもできない。
テオドールをあらゆる年代に連れ回して確認するのも中々危険なので、早いうちに異世界を特定してしまいたい。そんな理由がある。
「ちゃんと、無事に元の世界で暮らせるように、送り届けたいんです」
「感情で動いている、ということか……少し、興味が出てきたよ。明らかに伝え方を間違えてはいるが」
基本的に白亜は言葉足らずである。考えすぎるからこそ、若干不器用になってしまうのだ。




