「よく来る侵入者を縛って捕獲しているからな」
テオドールの「扉を塞げる」という言葉に、ダイとヴォルカが反応する。
「塞げる、とは?」
「正確には、扉の行き先を一時的に別のところに繋げて壁にできるって感じかな……どこに繋げるか、行き先と入る場所がわかれば、できると思う」
ここにきて、白亜でも簡単にはできないことを「できる」と言い出した。
空間を切り離して別の場所に繋げる事はかなり難しい。白亜もその道具作りには苦戦していたし、完成したものは『指定した場所に強制的に行き先を変更する』ことができるというドアノブで、行き先は基本的に固定である。
その道具を使わずとも同じ現象を起こす事は可能ではあるが、白亜自身が『そのドアに触れている』ことが絶対条件になるので、視認さえできれば空間を繋げられるというテオドールよりも自由度は低い。
「途轍もないな、異世界人……」
「せやなぁ。……テオはその能力、誰かに話したんか?」
唖然とするダイとヴォルカの反応が意外だったのか、テオドールも少し動揺している。彼自身、この力がこれ程まで特殊なものだという扱いを受けて来なかったのだ。
「いや、一日の中で一定回数移動できるとしか……」
その言葉を聞いて、ダイとヴォルカは少しだけ安心した。
この力が知られれば、テオドールが監禁される事は間違いない。少なくとも今のように動き回る事は不可能だろう。
「空間を繋げられるという話は、今後しないほうがいい。下手をすれば、テオドール殿をめぐって戦争になりかねん」
「えっ、そんな大袈裟な」
冗談とは思えないトーンで話されているのは理解しつつも、状況が飲み込めないテオドール。この世界での転移魔法の希少性はそれほどのものなのか、と改めて知る。
「……その話は後やな。テオの能力使わんでここを制圧するには、どうするべきや?」
「逃げられる可能性はあるが、これを使うのはどうだ」
ダイが取り出したのは薄い緑色の粉である。十五センチほどの長さの小瓶に入ったその粉は光を反射して所々光って見えた。
「フーシュの種の粉末だ。白亜が育てたもの故、通常の種より効果は高い」
「それ、人間相手に使っても大丈夫なん……?」
二人の会話についていけていないテオドールにルナが説明する。
『あれはフーシュという植物系の魔物の種よ。人や魔物を惑わせ絡めとり、魔力を吸い殺すという危険度の高い魔物で、遠距離からの魔法攻撃で倒すしかないという討伐の難しさから、状況によってはドラゴンと同等の討伐難易度になることもある。妾からすれば燃えやすい蔦でしかないがのぉ』
戦闘スタイルが炎での遠距離攻撃のルナにとってはカモの魔物だが、特に剣士などの近距離戦闘を得意とする者には最悪の敵である。
フーシュの特徴は擬態と誘惑に特化しており、防御力や直接戦闘能力は皆無に近い。
生存することにかけては魔物の中でトップクラスである。
『フーシュの放つ香りには思考力を奪う力があり、動けなくなった動物をゆっくりと締め上げ殺す手法を使う。最も大きな被害が出た事例では、弱い冒険者が捕まった時に生きたまま種を植え付けられ、それに気づかず街に帰還した後に大繁殖したというものがある』
「植え付け……!?」
『その際は街一つが壊滅、周辺国家の魔法使いを多数動員して街ごと焼き払って事態を収めた。当然、生存者はいない』
そんなものを何故白亜が育てていたのだろうか。
テオドールの中で、白亜の人物像がどんどん『ヤバいやつ』に傾いていく。
「育った瞬間に枯れるよう作られている。もしも成長したとしても、魔力を吸引する核を抜いてあるので問題はない。そもそも、ここまで細かく種を砕いている時点で芽吹かんさ」
「それ聞いて安心したわ……流石に人殺しは気分が悪いで」
「某もそこまでしようとは思っていない。どうやって異世界人を喚び出しているのか、その方法も聞き出さねばならないからな」
ダイがヴォルカに空気を遮断する魔法をかけるように伝えると、ヴォルカは即座にカードを使って魔法を発動させる。
毒物の罠などは多くあるため、解毒の魔法やガスを回避するような魔法はすぐに使えるように用意してあるのだ。ちなみにこの魔法は水中で呼吸をしたいときなどにも使えるので重宝している。
自分たちが空気の膜で覆われたことを確認してから、蓋を開けた小瓶を火で炙ると薄く煙が立ち上り始めた。
数分もそうしていると、小瓶の中に入っていた粉末が黒く炭化して固まった。どうやら反応が終わったらしい。
「よし、移動するぞ。全員離れるな」
緊張感の中、扉をそっと開けると、ぼんやりと空中を眺めたまま静止している数名の男女がいた。
眠るわけでもなく、立ったまま動けなくなるというのがフーシュの香りを嗅いだ者の特徴である。
複数回目の前で手を叩いて反応がないことを確認したダイが、手際よくその場に居た者を拘束していく。やたらと縛るのが迅速である。
「なんや、慣れとるなぁ」
「よく来る侵入者を縛って捕獲しているからな」
正直、あまり誇れることではない。
ひとまず全ての部屋を回って、計六名の男女を拘束した。その中には宰相や、テオドールにもどこか見覚えのある人物が混じっていた。
「ひとまずここを出るか。この狭さでは動きづらい」
六名の男女を雑に引き摺りながら外に出ると、周辺を歩いている人が誰もいなかった。
というより、人は居るのだが、全員虚空を見つめて立ち止まっていた。
「「「………」」」
想像以上に広範囲に煙が広がってしまっていたらしい。
「これは……やりすぎたな……」
「これ、どうするんや……?」
フーシュの匂いを嗅いだわけでもないのだが、暫く四人はその場で固まっていた。




