「後で、状況説明をしろ」
基本的にフーシュの香りに毒性はない。ただ単純に判断力が著しく鈍るだけである。
だが、体に害はなくとも流石にこの状態を放っておくこともできない。
「これ、どうするん……?」
「すまん、ここまで効果範囲が広いとは思っていなかった」
本来のフーシュの種ならここまで広く効果を及ぼすものではない。フーシュという植物が近付いてきた者を動けなくして食うという性質上、かなり遠くの獲物の動きを止めたところでフーシュが移動できないので無意味であるからだ。
広くても半径十メートル以内ほどだろう。
白亜の改造で多少効果範囲が広くなったところで、地下で使って地上にまで影響が出るほどの威力があるとは誰も考えていなかったのだ。実際、白亜が以前実験した際はここまで広がらなかった。
今回こんなことになってしまった原因は、件の地下室である。
この地下室は『表面化してしまえば他国から攻められる』ことが確定すると言っていいくらいの機密情報の置き場所である。その情報のほとんどは違法な類のものなので余計に警戒している。
最悪侵入者が入ってきても情報ごと逃げ出せるよう、ありとあらゆる場所に隠し通路を作って地上と繋げていた。
その結果、隠し通路を通ってフーシュが予想以上に遠くまで散布されてしまったのだ。
「ヴォルカ殿のカードに状態異常回復できるものはないか?」
「あるにはあるんやけど……範囲回復できひんで、全員にかけて回らんと……」
「それは無理だな……」
流石にこの人数を回復して回るのは大変すぎる。ダイは大きくため息をついた。
「仕方ない……朱雀を呼ぶしかないか……確実に白亜に報告するとは思うが」
「そこはもう諦めとき……」
回復担当の朱雀ならば、この周辺一帯を丸ごと回復させることもできるだろう。
彼女の場合、配下の中でも特に白亜への忠誠心が高いので隠し通すのは不可能になってしまうが、この状況では仕方がない。いつ効果切れするかわからない以上、このまま放置するよりマシである。
「いや、俺が治すから朱雀は呼ばなくていい」
白亜の言葉に、朱雀からの説教を聞かなくていいと思ったダイがほっと胸をなで下ろす。
「ああ、それは助かる………」
ダイが振り向くとルナとテオドールの後ろに、いつも通りの無表情の白亜が立っていた。
ここにいないはずの、白亜である。
「白亜………」
「後で、状況説明をしろ」
「……わかった」
大きなため息をついた白亜が近くの街路樹に手を触れると、風もないのに周辺一帯の草木が突然細かく動き始めて動きを止めた人々の足や手に軽く巻き付く。見える範囲全ての人に触れたと判断すると白亜は指を鳴らした。草木を介して回復魔法を使うらしい。
パチンという乾いた音が響き、次の瞬間には止まっていた人たちが何事もなかったように動き始める。止まっていた時間が動き出したような光景だ。
「これで多分大丈夫……さて、どこで話をする」
「場所変えるんか? 今ここで話せとか言われると思っとったんやけど」
ヴォルカが恐る恐る聞いてきた。正直、今のこの状況で『じゃあ場所を変えよう』と切り替えられる白亜は相当冷静である。ヴォルカに話しかけられたからか、白亜もシュリアとしての意識で返答する。
「そうしたいけど、状況的にそうもいかないでしょ? 事情が分からなければ貴方達誘拐犯にしか見えないもの。後ろの人達、明らかに貴族だしね」
往来のど真ん中で全身ぐるぐる巻きにされた男女を引きずり回すのは確かに絵面がヤバい。しかも今回、まだ確固たる証拠がない上に勝手に動いているので何処とも連携が取れていない。
もし通報されたら不利なのは圧倒的にこちら側だ。
「せやな……すまん」
「謝罪は後で。それで、どこに飛べばいいの?」
転移魔法で一気に移動するらしい。ダイが先ほどまで話し合いをしていた宿屋の名前を告げると、白亜の左目が一瞬光を放つ。転移先の確認を終えてから、テオドールを手で示した。
「彼も転移対象に含めるか?」
「そうだな……今から某らは転移魔法で先程の宿屋まで飛ぶが、共に行くか? それとも自分の転移で行くか?」
「……じゃあ、自分の能力で行くよ」
「わかった。向こうで会おう」
ダイが目配せをすると、白亜が即座に転移魔法を発動する。テオドールを残して全員が消え去った。
「転移魔法……なんか、自分以外の移動系能力見るのって変な感じ」
少しの間を置いてテオドールも宿へ向かった。
「それで、この人達を捕まえたと……」
テオドールがついた頃には粗方の説明が終わっていた。
少し時間をあけて転移したのは、白亜の転移にどれくらいの時間がかかるかわからなかったからである。テオドールと白亜の転移先が同じだった場合、最悪のタイミングで転移すれば同じ場所に同時に出現してしまい、片方若しくは両方の体が欠損する可能性があるからだ。
転移能力とは、一歩間違えば壁の中に転移して体の一部が消し飛んだり、転移先の指定に失敗してマグマに飛んでしまったりと、非常に危険な能力なのだ。白亜の魔眼には転移先を確認できる力があるので、その辺りはかなり安全ではあるが、テオドールは見えないのでその辺りはかなり慎重になる。
実際、テオドールの元の世界では同じ場所に転移してしまう能力事故が年に数回は発生していたのである。
転移能力はそこそこ珍しい能力ではあるが、何かしらの制限がかかっていることが殆どなので、あまり能力のことを他人に話さない人が多い。テオドールの場合は回数制限であるが、使う度に体に負荷がかかる人もいるので下手に使えると漏らして「使え」と要求されないようにしたいと考える人が大多数なのだ。
そのため、転移能力を持つ人と会うのはテオドール自身も初めてなのである。




