「よし。見つけ出して潰すぞ」
テオドールから受けた情報提供はざっと三つ。
ハクアの街を調べるように依頼した依頼主、テオドールの能力、この世界に来た時の状況だ。
依頼主は想像通りと言うべきか、この国の宰相だった。依頼内容はシンプルに『ハクアの街への侵入』である。ただしテオドールはただの運び屋で、その先は宰相の手のものが暴れる予定だったらしく詳しくはテオドールも聞かされていない。
今回の依頼が犯罪行為になることはハクアの街に入る直前で知ったらしい。依頼内容は『運搬業務』としか聞かされていなかったテオドールは、レインの操る霧の範囲内に入った段階で密入国だと告げられて逃げるに逃げられない状態だったそうだ。だからこそ、話しかけられた瞬間に躊躇なく逃げたのである。
テオドールの能力は日に10回、望んだ場所に一瞬で移動できる転移能力。自分の半径10メートル以内のものであれば生物無機物は関係なしに同時に転移可能で、発動まで5秒ほどの時間がかかる。発動の最中はその場から動けず、その場から数歩動いてしまったり集中力が切れると発動がキャンセルされてしまう。
この能力は隠さず使っているので冒険者としては、そこそこ有名人である。転移魔法を使える人間など、ハクアの街を除けばほぼ皆無なのだから。
宰相への対応はまた後に回すとして、特に聞き捨てならなかったのは最後の情報だ。
最初テオドールはこの世界に『落ちて』きたと言ったが、その言葉はそのままの意味で、かなり深い森の谷に落とされたらしい。それもこの国の者の手によって。
「この世界に来た時は周りに人がいたんだけど、その人達が何かを話し合っていたと思ったら馬車に押し込まれてそのまま谷に連れていかれて……自分の能力に、ここまで助けられたと感じたことはなかったよ」
谷に文字通り『投げ出された』テオドールは自分の持つ能力で地面に叩きつけられる未来を回避した。
その後の展開は聞いた通り、森で助けられて今に至るというわけだった。
「その周りにいた人達とやらは、それから会っていないのか?」
「多分……。正直、パニックになっててあまり覚えていないんだ」
テオドールの言葉を聞いて、ダイとヴォルカが立ち上がる。その表情には明らかな怒りが滲んでいた。
「よし。見つけ出して潰すぞ」
「せやな。徹底的にやろうや」
普段は突っ走る周りを止める役目に周りがちな二人だが、今回ばかりは早々に動く決断をしたようだ。単純に話を聞いていて気分が悪いというのもあるが、これがこの国の話で収まるとは到底思えない。召喚しているのかはわからないが、少なくとも他世界から来た人間を谷に落とすなど常軌を逸している。他世界の人間ではないと認識していたとしても最低な行為だ。
少なくとも、なぜそのような行為に走ったのかを調べないと気が済まなくなっていた。
「谷に落としたとか言う奴らはこっちで調べとく」
「では某は異世界人の情報を集めるとしよう。白亜の血も少し頂戴してきたしな」
白亜の血を使うと、召喚主ではないのに白亜の召喚獣を呼び出せるようになる。普通なら無理なのだが、白亜の場合は血に入っている魔力量が桁違いなので、こんな荒技も可能なのだ。
もしも白亜が呼び出せない状況にあるときに召喚獣を呼び出したいとなった時のために、定期的に採血していたりする。特に白亜が日本に行っている時などに使われることが多い。主には緊急連絡用で麒麟が呼び出されるのによく使われる。
「ってことは誰か呼ぶんやな。目立たんようにしとき」
「そのあたりは問題ない者を呼ぶつもりだ。それではな」
さっさとヴォルカが部屋から出て行ってしまった。ダイとテオドールが部屋に取り残される。
「えっ……なに……?」
ヴォルカは勝手に盛り上がって勝手にどこかへ行ってしまった。身の上話をした途端にこれである。困惑するのが普通だ。
「すまなかったな。いきなり知らない世界に放り出され、さぞ苦労しただろう。この世界の者として謝罪させてくれ」
「? ? えっと……?」
ダイはダイで説明不足である。今自分たちが何をしようとしているのか、全くテオドールに伝わっていない。
そんな時に突然、窓が外からノックされた。音の主は今の今まで外でこっそり待機していたルナである。もしもテオドールが逃げ出した時のために待っていたのだが、そんな様子もなさそうなので姿を見せたのだ。
ダイが窓を開けると「遅い」と文句を言いながら部屋に入ってくる。精霊を見るのが初めてなのか、テオドールが興味深げな視線をルナに向けた。
「全く……妾を忘れていた訳ではあるまいな?」
「……勿論だ」
若干の間が空いたが、ルナはそれ以上追求せずにため息で返した。文句を言ったところで時間の無駄だと判断したらしい。ダイをとりあえず放置してテオドールに向き合う。
「話は失礼ながら窓の外で聞かせてもらった。妾は火の精霊、ルナと申す。ダイとは同僚のようなもの……かのぅ。突然この駄龍が確認も取らず動き出して申し訳ない。妾たちは予てより異世界からの来訪者を支援していてな。帰還を希望する者を元の世界に送り届けることもある」
「その、理由はあるんですか」
「理由か……。大きなものは、妾たちの主人が元異世界人だからよの」
さらっと白亜が異世界人だとバラしてしまった。若干ダイが焦る。
「おい、ルナ」
「これくらいでハクアは怒らぬ」
「いや、それはそうだと思うが」
「どちらにせよ、隠し通せぬことよ。バレたところでハクアの地位が揺らぐこともない」
確かに今更白亜が元異世界人だと知られたところで影響はほとんどないだろう。「異世界に行きたい」とか、面倒な依頼は大量に舞い込む可能性はあるが。
「できることなら同じ異世界人の手助けをしたい。それが主人の考えよ」
「………」
いまいち信じきれないのか、テオドールは黙って俯いてしまった。
「この世界の秩序を守るためにも必要なのだ。加えて今回の件、異世界人の扱いに腹が立ったのでな。勝手ながら協力させてもらう」
言うが早いがダイは白亜の血を使って何人か召喚獣を呼び出し(今日休みの者まで呼び出して少々反感を買った)早速情報収集を開始した。
一時間後、ヴォルカが大量の資料を持って帰ってきた。
この国の情報セキュリティーはガバガバらしい。ものの一時間でテオドールを嵌めた犯人、その組織まで突き止めることができた。情報漏洩気にしていなさすぎるのか、それともヴォルカと白亜配下が優秀すぎるだけなのか。
少なくとも、欲していた情報は全て集まったのである。
「この国の宰相含めて、貴族連中は上に行くほどダメやな。どないしようか?」
「数が多い。外交を使った正攻法で潰せば時間がかかるか」
「国を丸ごとはなぁ。今回はとりあえずテオの件やな」
「ああ。それでは行くか」
呆気にとられたままのテオドールと、またもやなんの説明もなしにどこかへ向かおうとしているダイにため息を漏らすルナがこの空間ではむしろ異質だった。




