「……テオ。妹さん、ここでずっと暮らしていけると思うんか?」
テオドールの境遇を聞いたダイはヴォルカに目配せする。
ヴォルカが『被害者』と判断したということは、おそらく今回の不法侵入未遂にあまり関わりがない相手なのだろう。少なくとも首謀者ではなさそうだ。
思い切って正体を明かそうと決めた。
「テオドール。此度の出会いは偶然ではない。某がヴォルカ殿に頼んで尾行と接触を図ったのだ」
「えっ……それって……?」
ダイからの突然のストーカー宣言にあからさまに動揺するテオドール。無理もない反応だ。
普通にこんな状況怖すぎる。
「某は『ハクアの街』の防衛責任者であり、街の領主ハクア・テル・リドアル・ノヴァの1の召喚獣。黄龍のダイという。数刻前、領土内に立ち入った者を探していた……と言えばわかるか?」
「ッ!?」
言葉を聞いた途端、テオドールの表情が一気に恐怖に染まる。
一瞬、ヴォルカに対して怒りと悲しみが混じった視線を向けたが、それ以上にダイの存在に怯えていた。
震えながら数歩後ずさる。沈黙が続いた数秒の後、テオドールの顔色が見るからに悪くなっていく。
「どうした? 得意の移動能力は使わないのか」
「何を……」
「やはり、白亜の気力と似たような能力か。この現象は魔法よりも超能力だな」
ダイはここに相手を誘い込むと決めた時に、逃げられないための策をいくつか用意していた。
そのうちの一つに白亜が作製した『擬似的な結界を張る道具』がある。これは魔法とは異なる力を一時的に使用不能にする使い捨ての蝋燭だ。机の中心にある燭台の蝋燭を一本、それに置き換えておいたのだ。
この蝋燭は魔法には殆ど効果がないが、スキルや超能力の類が使えなくなるのだ。
ただし、シアンのように常時発動されているものには効果がないのが欠点である。また、蝋燭なので火が消えれば効果も無くなる。
能力を使おうとしなければただの蝋燭にしか見えないので、こういった場面にはとても重宝する道具だが、微妙に扱いづらいので白亜すら作ったことを忘れていた道具である。普段から白亜の実験やらに付き合わされているダイは、白亜以上に作った道具の管理ができていた。
「ああ、先に言っておくが別に危害を加えるつもりはない。そのつもりなら、そもそも森で怪しい動きをしていた時点で此方は動いている。わざわざここで明かしたのも、協力を申し出るために過ぎない」
「協力することなんて……」
「ない、だろうか? 某は貴殿が喉から手が出るほど欲しいであろう情報を持っているぞ」
テオドールは先ほどの話から、その情報がなんなのか、すぐに察することが出来た。
『元の世界に帰る方法』それをダイは知っている。
「で、でも」
「……テオ。妹さん、ここでずっと暮らしていけると思うんか?」
ヴォルカが背後で発したその言葉に、ビクンと肩を震わせる。
この国に留まれば、おそらく帰ることは難しくなる。出来ないことはないかもしれない。だが、病気がちな妹がその時まで元気でいられる保証はない。今はギリギリ薬で誤魔化しているだけで、完治は遠い。テオドールは頭の中から嫌な予感が離れない現状に目眩がした。
「……協力って、何をすればいい」
「そうだな。今回の件の詳細と、それに付随する面倒ごとの処理の手伝いだ。それほど難しいことでもあるまい」
「依頼内容を話せって?」
「そうだ。規約違反だろうが関係ない。ギルドに報告するつもりもないがな」
冒険者のルールの中には依頼人の情報を流すことを禁止するものがある。
当然、そのルールはダイもよく知っているが、同時にそこそこの頻度で破られていることも知っている。
バレなきゃ問題ない、とはよく言ったものである。
「聞いて、どうするつもりなの」
「聞いた言葉次第だな。街に火の粉が降りかかりそうなら先に動くまで。大したことがないと判断した場合は、放置するかもしれんな」
当然と言えば当然のダイの言葉に、テオドールはまた少し迷いを見せる。
もしここでダイが裏切れば、テオドールの居場所は本当の意味で無くなる。妹と共に野垂れ死にする可能性が非常に高くなるだろう。身元もハッキリしない、あまり強くもない一般人が生きていくには過酷すぎる。
リスクが高すぎる、と一旦は断ろうと考えたテオドールだが、妹の顔が頭を過ぎる。
運悪く風邪を拗らせてベッドの上からまともに動けない生活が続いた時、泣きながら「早く家に帰りたい」と一人で呟いていた姿が忘れられないのだ。
自分たちを匿ってくれていたランベールも帰ってこないままなのに、妹と二人で生きていける自信がない。
最初から、答えは一つしかなかった。
「わかった……協力、するよ」
喉の奥から絞り出した声を聞いて、ヴォルカは少しだけ罪悪感を覚えた。
冒険者ギルドの規約があるため話を聞くにはこうするしか無かったのだが、些か強引すぎたかもしれない。
もう少し、テオドールに寄り添った解決方法があったのかもしれない。
そう思っても、最速確実なこの方法に頼ってしまった。酒場で話を聞いていた時に、彼の一番の望みは帰ることよりも、妹を守って生きていくことだと分かっていたのだから。妹を半ば人質にするこの方法が、最も確実だったのだ。
「上手くいかないもんやなぁ……」
先ほどの関係にはもう戻れない。その選択をしたのは、他ならぬヴォルカなのだ。




