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「いや、これ多分二冊入ってるよ」

 白亜にとっては地獄の撮影タイムが終わってから数週間後、完成した雑誌が届いた。


 やたらと封筒が分厚い。辞書かと疑いたくなるほどの分厚さだ。


「俺読んだことないからわからないけど……こんなにページ数多いものなのか?」

「いや、これ多分二冊入ってるよ」


 リンが袋を開けると、その言葉通りに二冊入っていた。


 一冊は一般的な雑誌のサイズ感である。表紙には湖の写真が使われていて、パラパラと中を捲っても何かおかしなところはない。ハクアの街の宣伝も中間あたりの見開きくらいで、それほど大々的に取り上げられているわけではなさそうだ。


 だが、その下にあった二冊目を見て、白亜の手が止まる。


「………」

「……えっとぉ……ごめんね、断りきれなくて……」


 がっつり表紙が白亜だった。ジュードに指示されて嫌々やった『やたらとカッコつけたポーズ』がしっかり採用されている。


 二冊目は数百ページはあろうかという分厚さで、普通の旅行雑誌だった一冊目とは違い所謂『完全版』として売り出されるものらしい。


 全世界のオススメの宿が載っている、これまでこの雑誌が紹介してきた宿が一冊に纏まっている本だった。


 無言で中を見ると最初からハクアの街の紹介で、10ページ近くを使って細かく観光名所や娯楽施設が紹介されている。異常なまでの細かさだ。


 それもそのはず、この雑誌の出版元である商会のトップがハクアファンクラブ会員である。しかもかなり初期から在籍している。ここ最近親から事業を引き継いだばかりでやりたい放題だ。


 圧倒的なまでの私欲目的だった。だがハクアの街はリグラートの観光名所になりつつあるのでちゃんと仕事をしているのは間違いない。内容がやたらと偏っているだけで。


「なんか、変なポーズやたら長時間かけて撮らされてるから……おかしいとは思った……」

「うん……あの日の写真、実はこの編集先に丸ごと売却してて、何を使われるかとかは言われなかったんだけど。こんな風に出来上がるとは私たちも思ってなくて」


 白亜が知らなかっただけで、写真集は超高額で取引されていた。


 基本的に写真を撮るのが苦手な白亜である。カメラを向けられたと認識したらほぼ無意識に顔をそらすくらいには嫌いである。


 もちろん仕方ない時にはちゃんと撮るのだが普段写真を撮ることがまずないのでカメラ目線の白亜の写真など、証明写真程度しか残っていないことが多い。


 ハクアファンクラブ会員の中にはカメラを極めた人が相当数存在する。そもそもファンクラブに入るための条件の一つに『写真の腕』が含まれている時点で、全員そこそこ上手いのは確実である。


 だが、その中でも極めつきで練度が段違いの会員が複数名いる。彼女らは『撮影班』と呼ばれ、ファンクラブの中でもかなり優遇されている立場にある。


 ファンクラブでは貴族や平民などの上下関係を持ち出すことはご法度である。単純に白亜自身が平民だということもあるが、白亜がそういった上下関係を『嫌っている』ということが最も重要な事柄である。ルールの一片に至るまで白亜が嫌うことは全力で排除するのがファンクラブ流だ。


 だが、そんな彼女らの中にも序列は存在する。


 その順位は非常に曖昧な基準で設定されているのがほとんどなのだが、唯一わかりやすいのが『カメラの腕』なのである。あとは大体『ハクアへの愛を示す』とか『ハクアならどう考えるかを当てる』とかのよくわからない方向へ振り切っているので、どこからが正解で不正解なのかが非常にわかりにくい。


 ちなみに、この『ハクアならどう考えるかを当てる』を全問正解して見せたのはジュードただ一人である。リンは一問間違えた。正確にはほぼ全問正解したのだが、最後の『ハクアへ好きと言った時どんな反応をするか』という問題(?)に恥ずかしくなって無回答してしまったために一問不正解となった。


 ジュードとリンの二人が白亜が好きすぎることは置いておいて、こんなわけのわからない問題だらけのテストで高得点を取るのは非常に難しい。しかも対策のたてようもない内容なだけに、唯一自分で磨けるスキルはカメラのみなのだ。


 そんな理由もあってファンクラブ会員にはカメラのプロがいる。だが、そのプロたちでも白亜の『カメラ目線』を撮るのは非常に難易度が高い。


 白亜は昔から顔が良かったせいで『注目されている』ことを認識するのが異様なまでに早い。見られているという感覚を察知するのが得意と言うべきだろうか。


 だからか、プロたちであっても、少しでも凝視しすぎると白亜に気付かれてしまう。異常に目がいいので発見されたら、もう顔は見られたと思うのがいい。


 白亜は他人の顔を覚えるのが得意な方ではないが、何度も見ていれば流石に覚える。


 そして、白亜が『この視線はこの人だ』と結びつけるようになってしまった場合は、もうおしまいである。


 横顔すら撮らせてもらえなくなってしまうだろう。


 彼女たちはそんなリスクを背負いながら白亜の写真を撮っているのだが、流石に正面顔はあまりにもリスキーである。下手をすれば一発で顔を覚えられかねないからだ。


 彼女たちの娯楽の一つには白亜の写真収集がある。それを奪われてもおかしくないのだから、慎重にならざるを得ない。


 その結果、正面のカメラ目線と言うのは非常に貴重な写真なのだ。


 カメラ目線の写真が出回っているとなれば、戦争が勃発するのは火を見るより明らかである。


 どうしても白亜の正面顔が欲しかった一人の会員はこう考えた「写真を撮ってそれを独占したら戦争になる。それなら全世界へ発信する形をとれば皆が写真を確保できる」と。だが白亜は写真嫌い、まともに撮影依頼をしたところで受けてくれないだろう。


 結果、旅行雑誌の皮を被った写真集が作られたのである。


「これ、売らないでって言ったらやめてくれないかな」

「やめてくれるかもしれないけど、これもう出回っちゃってるよ……」

「……そう……」


 この旅行雑誌を巡ってもう一騒動あるのだが、それはまだ少し先の話である。

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