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『決め手に欠けますね……』

 白亜は予想以上の苦戦を強いられていた。


 純粋に剣技のみで戦うのであれば勝つ事自体は恐らく難しくない。


 白亜の戦闘技術は基本的に実践で身につけたものだ。生き死にを繰り返しながらも何十年と戦場で培って来た技術は、ただ戦いの知識を豊富に持っているだけの神を凌ぐ。


 エレニカに聞いた話だが、神々の戦争が収束した後に生まれた神は『戦神であっても実際に戦ったことがない』という事も珍しくないのだそうだ。


 神の生まれは様々で、エレニカみたく最初から存在しているものや、人の願いで生まれたもの、珍しいことではあるが白亜と同じく力を得た下界の生物が神に成るもの。それぞれに特徴があるそうで、人より先に存在していた神は自分がどんな存在をなんとなくで理解できるのだという。


 エレニカ自身もよくわからないとは言っていたが、なんとなく世界の作り方もわかっていたらしいので、適当に触っていたらなんか上手いこといくコンピューター操作みたいなもの、という認識でいいらしい。


 レーグは本来は物作りの神だが、下界の人々の願いで戦神という役割も持った。


 元々は違う性質のものだが、神という性質上新しく力を与えられるとその特性を持つことになる。


 戦えなかったはずなのに、戦えるようになったのだ。ただ、まともに死地を彷徨った事もないので実践経験には乏しい。


 ほとんど誰にも習わずに自己流を磨き上げ戦う白亜と、戦いのマニュアルだけを完璧に記憶しているレーグ。


 状況に合わせた戦い方ができるのは白亜である。戦うことに関してほとんど自動的に体を動かせる白亜は対応力に圧倒的優位を保っている。


 その証拠にレーグが一つの武器だけで戦う時間が長引くと、白亜が押して行っているのが一目でわかる。


 だが、レーグは戦の神。どう行った状況でどう動けば最適なのか、知識だけは完璧だ。しかも神としては長く生きているので種族的な強さは白亜の上である。


 多少知識を引っ張りだすのに遅れてまごついても、身体能力でごり押して白亜の攻撃を凌ぐことができる。


 白亜は最初から不利な立場ではあるのだ。そもそも神として成ったのがあまりにも最近すぎる。大の大人が幼稚園児と本気で戦っているのと状況的にはあまり変わらない。


 レーグのお手本に近い横薙ぎを村雨で捌きながら内心でため息をつく。


『決め手に欠けますね……』

(今の所簡単な動きしかしてこないから逆に読みやすいんだけど、変なことして来たらかなりまずいかも)


 型通りの動きをしてくれるので軌道が読みやすく、刀でそらしやすい。


 だが、これもいつまで続けられるのかはわからない。簡単な動きしかしてこないから何とかなっているだけで、そこに気づかれてしまえばこちらが不利になる。


 白亜は意を決して腰についている鈴を取り外し、レーグに向かって投げた。


 放物線を描きながらゆっくりとレーグの方に飛んで行った鈴だが、難なく避けられる。


「なんだ、これは……?」


 レーグが一瞬訝しげな表情を見せて鈴に目をやった。


 自分から目が離れた隙を、白亜は逃さない。すぐに近くの木に飛び乗って準備していた魔法を発動させた。


 周りの木々が一斉に動き出し、地面が大きく揺れ動く。木の根がボコボコと地表に飛びだし、杭のごとくレーグに襲い掛かった。


 一瞬でも戦闘中に相手から目を離してしまったレーグは、致命的な隙を見せる。が、その身体能力はそのくらいのミスなど軽くカバーできる。


 鈴を見ていて反応が遅れたレーグだが、木の根が突き刺さる直前にその場から飛びのいていた。


「姑息な鳴物()で視線をそらし不意打ちなど……恥ずかしくはないのか?」

「これでも正々堂々とやっているつもりです。そちらこそ、戦闘中に目を逸らすとは。戦い慣れていないのがすぐにわかりますよ」


 レーグはこの辺り一帯の植物は既に白亜の支配下にあることを察したらしく、周りの木々や草花から少し距離をとっている。


 かなり鬱蒼と茂っているこの空間だが、レーグの身体能力を考えればこれくらいの距離があれば逃げるのは簡単だ。


 事実、白亜もレーグを瞬殺できる方法は思いつかない。


 そもそも殺すつもりはないのだが、殺す気でやらなければ勝てない相手だということは既にわかっている。


 殺さないギリギリのラインで踏ん張るしかない。もし危険なところまで来たらエレニカがなんとかしてくれるだろう。


「それではこれから、魔法戦でもいきましょうか」


 白亜が地面に手を翳すと、真っ赤な蕾の花が数え切れないほど地面から生えて来た。


 レーグを取り囲む形でここら一帯を赤くしている。


 そして白亜がパチンと指を鳴らした瞬間、花が開いて途轍もない熱量の炎が吹き出した。


 鉄すらも一瞬で溶かされてしまう温度のそれを直に喰らったレーグだが、多少咳き込みつつもほとんどダメージが入っている様子がない。


「これだけか?」

「……さすが、エレニカさんが警戒する相手だ」


 白亜は火を噴く花が効かない事に、ほんの少しの焦りを覚えていた。

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