「どうして人型に?」
船で到着したのは、巨大なドーム型の建物だった。
上部がガラスで覆われており、無骨な印象はない。魔法的なものなのか、周囲に光が散っており幻想的にすら見える。
「ここが?」
「ああ。今夜の決闘場だ。人の真似をしてコロシアムみたいなのを作った神がいてね。こういうものの発想で人を超えられる神はいないよ。本当、人の世界は娯楽で溢れてて素晴らしいね」
結構俗っぽいところがあるエレニカである。億単位で生きているからか、娯楽にはすぐに食いつく。
「それで、対戦相手のことを教えてもらえますか?」
「ああ。とはいっても俺もよくわからないんだけどね。名前はレーグ。戦と鍛治を司る神だ。とはいえ、力としては鍛治の方に比重が寄っていて、戦の神とはまた別種のものだけどね。元々は鍛治の神だったんだけど、人が設定付け加えた結果、こうなった」
人が付け加えた設定、というのも後付けでも有効なのだろうか。
そのあたりの曖昧さが謎である。気になってエレニカに問うと、
「俺たちの存在自体人頼みだったりするし……そんなこともあるよ。日本だと信仰の厚さってのが神自身の神格に繋がったりする。だから君の場合はテレビに出てアイドル活動っぽいことすれば神格はガンガン上がるよ? 君顔いいし」
「………」
なんだかあまり聞きたくなかったかもしれない。
「俺の場合は人より先に生まれているからあんまり影響ないんだけどね。人の思考から生まれるタイプの神だと、人に忘れられると死に直結するから」
「私はどうですか?」
「君の場合はちょっと特殊なんだよね……多分忘れられても死なないと思うよ。成ったのは日本だけど、元々半分神だし。ただ、多少力は落ちるかも。君の場合微々たる差だろうけどね」
ドームの中に入ると、想像の数十倍広いエントランスに繋がっていた。向こう側が遠い。
「いつも思うんですけど……なんでここまで広く作るんですか?」
「これ昔の名残なんだよ。君に俺の本性って見せたっけ? 巨大な鳥の形態」
「いえ、見たことないと思います」
「簡単に言うと、人型で集まってるけど本来の姿は別って存在がここには沢山いるんだよ。俺も含めてね。で、昔は人型になろうって習慣なかったから集まる度に怪獣大集結みたいなことになってて。施設もその縮尺で作ってたからこんなことになってるんだよ」
小人になった気分である。
最初は広すぎて移動が面倒ではと思ったが、ちゃんと理由があったのは驚きだ。ただ広い方がカッコいい、みたいな理由じゃなかったらしい。
「でも今はこうする必要ないんだけどね。みんな人型で集まるのが恒例になったし」
「どうして人型に?」
「怒らないで欲しいんだけど……人間って弱いから……。俺の元の姿もそうだけど、呼吸で火を作れたりとか爪がナイフみたいな形してたりとか……種族によっては生きてるだけで凶器みたいな神もいて。そいつはただ呼吸するだけで麻痺毒撒き散らす蛇だったんだけど」
呼吸の度に攻撃されたらたまったものではない。
戦争をしていた頃とは違い、話し合いを主として方向性を決めるのなら、確かにそういった特性のある者は避けられてしまうかもしれない。
「神によって何に耐えられるかって、全然違うからね。俺みたいに、ほぼ死ぬことないくらいの再生力とかあればいいんだけど」
「ほぼ死ぬことないんですか?」
「うん。特殊な殺し方しなきゃ俺は死なないよ? 血肉の一片残らず消されても復活できるから」
白亜はエレニカと出会ったのが今の時代でよかったと思った。
こんな再生力の化け物と戦争など、考えたくもない。
シアンの計算に基づくもので考えれば白亜は上位の神に匹敵する力がある。
戦い方を工夫すれば、大抵の最高神にも勝てる。実は、普通に戦えば天照大神と互角以上に戦える。
だが、エレニカは次元が違う。
単純に力量も違うが、エレニカを殺す方法が全くわからないのだ。
おそらく本気で戦ったところでジリ貧だろう。いくら攻撃しても死なないのなら、対策の立てようがない。
エレニカがトップと言われる理由も納得である。
「さて、話し込んでしまったね。俺の渡した手袋は持ってきてるかい?」
「はい」
大きな扉の前でエレニカが立ち止まった。装飾の少ない、どちらかといえば無骨な黒い扉である。
エレニカに言われた通り、白亜は懐中時計から手袋を取り出した。
「それには俺の羽根を織り込んである。傷口に手を翳せば、ある程度は傷を治せるはずだ。ただ、流石に致命傷とかは難しいから、極力怪我はしないでね。相手は武器を次々と交換してくるだろうけど、君はその刀で突っ込んでいけばいい。あいつは一応遠距離の武器も作れるけど狙いをつけるのが下手だから懐に潜り込むチャンスだよ。ただ、毒とか使ってくる可能性もある。それだけは気をつけて。あいつ、多分マジで仕掛けてきてるから」
毒物に関してはある程度耐性がある。だが、酒で結構酔ってしまうことが判明しているので油断は禁物だ。
「念のため、これも渡しておく。毒を盛られたらこれを飲んで」
小指の先ほどの小さな瓶を渡された。瓶というより、プラスチックに近い質感で紐がついている。中身はほんのり赤く光る液体が入っている。
「首から下げておくといい。ちょっと気持ち悪いかもしれないけど……俺の血が入ってる。俺の血は一滴を数百倍に薄めても強力な回復薬になるんだ。ほとんど薄めずそれを飲めば、死ぬ前なら大抵の状態から全快する。半身無くなっててもいけるよ。多分生えるから」
「………」
体が半分ない状態で生きてたら、それはそれでホラーである。
「あ、味は不味くない、はず! 多分。飲んだ人は美味いって言うから!」
「………」
なんと返事を返せばいいのか。
血などとは考えず、普通に回復薬だと思い込んでおきたかった気もする。
微妙な表情の白亜はとりあえずそれを首から下げて扉を開けた。




