「あの、どうして下界と関わろうとしたんですか?」
エレニカとたわいも無い話をしつつ、ひたすら緩衝材の時間を巻き戻しては失敗していく。
そろそろ精神的に疲れてきたのだが、エレニカが休ませてくれない。
見かねたシアンが提案してみる。
『あの、一度休憩を入れたほうが効率も上がるのでは?』
「普段なら俺もそうするんだけどね。残念ながら時間がないのさ。今回の件、相手が面倒すぎる。俺のいう事聞かないやつなんて殆どいないんだけど、あいつは例外中の例外。いつどこで突撃してくるかわかったものじゃない」
ちなみにその例外には天照大神も含まれている。天照大神に関しては個人的な恩があるらしく、エレニカはかなり格下であるはずの彼には頭があがらない。
休んでいる暇はないのだ。それほど重労働ではないのだが、終わらない作業にクラクラしてきた。
何か他に気を紛らわせるものでもないとやっていられない。
「あの、どうして下界と関わろうとしたんですか?」
なんとなく聞いてみたくなって、白亜はエレニカにそう訊いた。以前、下界に降りた事で死にかけたという話を耳にしてから、どうして自分から進んで下界に行こうと思ったのかが気になっていたのだ。
天照大神やチカオラート達は基本的に下界とは関わろうとしない。むしろ積極的に接触していく神など聞いた事がない。白亜の場合は人から神になったので生活スタイルがまんま人間という事から下界で暮らしているが、エレニカの場合は違う。
そもそも下界を作ったのもエレニカだ。作った世界で生まれた生物がどう動いているかなんて、気にする神は少ない。娯楽として下界の生活を見て楽しむ神はいるらしいが。それも遠くから眺めるだけである。
自ら姿を晒すというのは、相当な理由があったのかもしれない。
「なんでって……暇だったから?」
「…………」
エレニカはこういう性格だった。
そもそもこんな適当な性格でもなければ白亜を指導なんてしていないだろう。
エレニカは白亜の微妙な表情に少し吹き出す。
「いやぁ、半分冗談。半分は本当だけど。……あの時俺は苦しかったんだ。自分のやっている事は正しいのか、間違っているのか分からなかったから。自分の目で確かめなきゃいけないって、思ったんだ」
エレニカの声に、意外と後悔の色はない。シアンがそのことを指摘すると、エレニカは少し首を傾けてから苦笑した。
「長く生きてると、いい事と悪い事はどちらも平等にくるものだって分かるからね。俺たちは神だなんだって呼ばれているけど、別に偉くもない。ただの種族の一つでしかないんだから、先々のことを完璧に把握することもできないし、襲いかかる不幸を止めることも出来ない。それは、君もよくわかっているだろう?」
白亜は軽く俯いた。自分自身、幾度となく理不尽を体感している。白亜のせいではない、如何しようも無いこともたくさんあった。因果応報という言葉が当てはまらない不幸など、この世に溢れている。
何もしていないのに、ただそこに居ただけなのに殺された両親。ただ魔力を多く持って生まれてきただけなのに追われ続けたシュリア。悪いことをしてその報いを受けるのなら納得がいくのに、ただ幸せに生きることすら叶わなかった白亜の人生で、白亜がどうにか出来たことなど殆どない。
この世の不幸の大半は、本人にはどうにも出来ないことだと白亜は知っている。
「俺は、確かに何度も殺されかけたし……痛い思いも沢山したし、自分が嫌になることもたまにある。けど、良い事もあるって忘れないようにしたかった。大切な仲間や友人……一時期は恋人みたいな人も居たんだよ? 俺の不幸を否定したら、彼らも否定する事になる。そう思って、下界に留まった。仲間達が愛した世界を俺は守っていきたかった。それができるだけの寿命と力があったからそうしただけに過ぎない」
だが、エレニカは今下界には居ない。それがある意味でエレニカの答えなのだろう。
「もう俺の居場所は下界にはない。今更戻るつもりもないし、誰も俺を求めてないだろうしね。いつかはこうなるって分かってたけど、実際こうなると辛いものがあるよ。……みんなの時間は早過ぎる」
神としての力は最高峰のエレニカがこの状態なのだ。
エレニカほどの万能性がない白亜がこの先、エレニカと似た状況になった時に生き延びる事はできるのだろうか。仲間達を失って、なお自暴自棄にもならず生きていくことはできるだろうか。
「君はまだまだ時間がある。後悔しない程度の時間を使って、ゆっくり答えを出していきなさい。後回しにすると、きっといつか決めなければならない場面で迷ってしまうから」
「……はい」
決めなければならない場面。白亜としては正直あまり考えたくはない。それはつまり、ジュード達がいなくなって、その先ということだ。
白亜とは違い、ジュード達には寿命がある。人間より圧倒的に長いとはいえ、有限だ。ほぼ無限に生きられる白亜とは違う。
そうなった時、白亜はハクアの街に留まるべきなのだろうか。それとも、もう関わるのをやめたほうが良いのだろうか。それは、いつまでに決めるべきなのだろうか。
本当に全知全能の神とやらがいるのなら教えて欲しいものである。




