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「それは神として致命的では……」

 エレニカが重々しい雰囲気を放っているのは珍しい。普段から笑みを絶やさないエレニカだが、今回ばかりは笑っていられないことなのだろう。


 天照大神がエレニカの言葉を引き継いで再び話し始める。


「……それで、僕たちはもう戦争なんて起こさないように手を結んだんだ。それも、大変だったらしいけど」

「まぁ、何せ昨日まで殺しあってた相手と和解しなきゃならなかったから。最終的にはどうしても言う事聞かないやつは殴ったけど」


 解決方法も結構野蛮だった。


 殺し合いを止めるために殴るとは、本末転倒な気がする。と思いつつも口には出さない白亜。


 自分も同じ立場なら、そうするしかないと思ったからである。


 正直、もっと良いやり方は何通りもあるだろうが、全てかなりの時間がかかるだろう。その間に別の争いが勃発しようものなら収拾がつかない。


 手取り早く場を収めることができるのは、いつだって暴力なのである。人だろうが神だろうが、そのあたりは変わらないのかもしれない。


「話が長くなったけど、そういう事情があって僕らにもルールがあるんだ。簡単にいえば【戦争を起こさない】ということがメインの内容だね」


 天照大神の言葉にエレニカが頷く。


「主に【無断で干渉しない】【危害を加えない】ことが前提になる。異世界に勝手に入るのも本来はNGなんだ」


 結構勝手に出入りしてしまっている白亜は軽く目を逸らす。


 エレニカはそれを知っているのか、軽く苦笑した。


「一人入り込んだくらいじゃ、あんまり関係ないんだけどね。それでも何が起こるか分からないし、責任問題になるから異世界に渡るときは向こうの世界の神に連絡してからが基本だよ」


 ウッと言葉に詰まる白亜。無断での異世界への移動など心当たりが多すぎる。


「それで、本題に戻るんだけれど。君がエレニカの弟子になったことに対して怒ってる神がいて。お披露目した時には参加していなかった神だから、余計に」


 白亜の力を知っていればある程度は納得できる話なのかもしれないが、白亜をただの成り立ての神だとしか認識していないのであればエレニカが白亜を気にかけることはおかしいと思うのだろう。


 これでもエレニカはかなり忙しい。以前ほんの少し仕事を手伝ったが想像以上の仕事量だった。白亜の仕事量も中々あるとは思っていたのだが、比にならなかった。


 その忙しさや神としての力の強さなどを理由に、今まで弟子を取ることは無かったのだそうだ。


「じゃあなんで俺を……?」

「え? うーん……君、強いのに力を上手く使えてないし。逆に放置の方が危険でしょう? それに、なんとなく親近感あったからかな」


 あまりはっきりとした理由はないらしい。エレニカの気紛れに近いかもしれない。結構ちゃんと見てくれるので気紛れというのが適切なのかは分からないが。


「エレニカはこんな調子だし、白亜君が無理にエレニカに押しかけて行ってるんだって言う神もいて……いくら違うって言っても僕の話はあまり聞いてくれないし、エレニカの場合は押しに弱いから押し切られてるんでしょって言われるし」

「いやぁ、俺頼まれるとあんまり断れないんだよねぇ」

「それは神として致命的では……」


 言われること全部に対応していたら仕事量が半端ではない。そう考えて、まさかと天照大神に視線を移すと困り顔で頷いた。


 どうやらエレニカのあり得ないほどの仕事量。自身の断れない性格からのことらしい。お人好しなのは白亜も似たようなものだが、白亜の場合はそこそこの確率で面倒臭がりが発動するので適度な休息を取ることができる。


 基本的に疲れない体を持っている白亜だが、元が人なので精神的な疲れというものは溜まりやすい。エレニカの場合は生まれた時から神なので、そういった疲労は本当の意味で無縁なのだろう。


 結果的に異常な量の仕事を請け負ってしまっているらしい。


「それで、問題なのは白亜君の事を追放しようとしている神が僕よりも高位なことなんだ。まともに僕の話を聞いてくれない。僕も実はあまり高いわけじゃないからね。下から数えた方が早いくらいだよ」

「まぁ、日本ができたのがここ数千年程度のことだし。俺たち古参からすればまだまだ若い感じはするね」


 数千年を若いとかサラッと言えてしまう辺り、年季がはいっている。


「え、追放まで話が進んでいるんですか」

「うん。ちょっと面倒な奴に目をつけられちゃってね。……あんまり思い出したくないんだけど、そいつ昔、俺のストーカーだったんだ」

「すとーかー……?」


 なんか凄い俗っぽい話になってきた気がする。


 エレニカは大きくため息をついて一枚の写真を取り出した。


 手のひらサイズの写真には黒髪に灰色の目の男性が写っている。白亜はあまり興味がないが、一般的に見ればかなり目鼻立ちが整っている。二十代後半くらいだろうか、かなりの美男子だ。とシアンが判断した。白亜はそこまで分からない。


「そいつが俺の元ストーカー。二百億年くらい前の話なんだけど、凄い付き纏われて面倒だった。毎日家に侵入してきては壁一面にポエムじみたラブレター書いて来やがった。毎日落書き消すこっちの身にもなれってんだ。消す度にポエム目に入って気持ち悪いのなんのって」


 スケールが大きそうに見えるがやっていることは小物である。


 そういう神こそ追放しなくていいのか? と思った白亜が聞いてみると、天照大神が微妙な表情を浮かべた。


「えっと、エレニカはそうしたいかもだけど……顔がいいからファンも多くって。追放なんてしよう日には一部から暴動が起きる可能性もあるんだよ。何気に力もあるし」


 面倒なのはそう言った理由も含まれるのだろう。エレニカも大変だ。


「あ、でも()ストーカーってことは解決したんですよね」

「したというか……なんというか。あいつ、俺に直接結婚してくれとか言いに来るようになって、あまりにウザいから500年に一回のペースで一日だけそいつのために時間あけるって約束したら来なくなった……」

「それ、問題を先送りにしただけでは……?」

「うん………」


 織姫と彦星もびっくりするくらいの年月を空けないと会えない時間設定だが、これが限界だったらしい。


 うまいこと言いくるめて無期限にするつもりだったらしいが、さすがにそれは無理だった。


「で、まぁわかると思うけど、こいつが色々と邪魔してくるんだよね。君のことも排除しようと動いている。そしてあわよくば俺に貸しを作ろうとしている」

「僕らも協力してなるべく抑えてはいたんだけど、かなり難しくなって来て。それで、なんとかして君を認めさせる必要が出て来たんだ。君にお仕事を頼んだことで実績を作れば、とも思ったんだけど……それくらいじゃ止まらなくて」


 この前の仕事が急だったのはこの件もあったからなのだそうだ。神としてちゃんと働けるという点をアピールするためには少しでも実績を積み重ねる必要がある。


 本来なら、もっと細かい仕事をいくつもこなしていく必要があるのだが、今回に限ってはあまり時間的な猶予がない。


「それで、ちょっと乱暴なやり方になるんだけど、君にはこいつと戦って勝ってもらいたいんだ」

「……結局解決策はそれですか?」

「正直、あいつはそろそろ殴らないとどうにもならない。俺がボコっても俺が強いってだけで話は進まないし、アマテラスは戦闘向きじゃないからね。君が力を証明してくれればいい」


 力のない白亜がエレニカに付き纏っているから、というのが問題ならばその前提を崩してやるという方向でいくらしい。そこそこの力を見せつければ「力の使い方を教えるため」という理由で相手の意見をねじ伏せられるだろう。


「……わかりました。もうそれしかないのなら」

「うん。あ、でもこいつ結構強いから君も特訓が必要だね。修行増やすけど良い?」

「えっ………」


 こうして白亜は神力の使い方を特訓する事が決定した。

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