「そうだね。頑張って」
エレニカとの特訓は、ずっと思っていた通り地味である。
白亜にとっての特訓のイメージはほとんど手合わせしかない。実際、ジュードにはそうやって教えている。
教えているというより叩き込んでいるという方が近いだろう。
そのため、弱い人への教え方というのはよく分からない。たまに「教えてください」と頼みに来る人がいるが、何を教えていいのかよくわかっていないので正直白亜としては困る。
戦った後でこうした方がいいんじゃないかというアドバイスならできないことはないのだが。
その点、エレニカのやり方はシンプルだ。
課題を出し、それをクリアすれば終了。とてもわかりやすい。しかも「石を等分割する」とか「料理をする」とか、見た目はかなり地味である。
ただ、見た目以上にキツいのがエレニカの修行だ。
「はぁ……もう、終わらない……」
「はいはい、俺たち疲れないんだから頑張れる頑張れる。さ、まだあるよー」
今白亜は膨大な数のプチプチを潰していた。
プチプチ、所謂、気泡緩衝材である。指で潰すことでストレス発散になるとかで一時期は、永遠にプチプチを潰せる疑似体験ができるというだけのオモチャがでたほどのブームになった緩衝材である。ちなみに白亜は遊んだことがないが、小学校にクラスメイトがこっそり持ってきたことがあるのを見た事がある。
話は戻るが、そのプチプチ。エレニカが持ってきたのは業務用の、相当大きなロールになっているものである。
背丈ほどもある大きさのプチプチは、眼前の視界が埋め尽くされているほど積み上がっている。
「これ、買ったんですか、こんなに……?」
「まぁそうだね。もちろん日本のちゃんとしたルートで買ったよ。運ぶ時トラック50台呼ぶことになったけど」
「………」
そんなに一度に買えるものなのだろうか、という疑問とどこに配送指定したのかという二つの疑問が湧いたが、想像以上に疲れる仕事のせいでそれを訊く体力がない。
白亜が現在していることは、ただひたすら針でプチプチを潰していくだけの作業である。最初は誰でもできる事なら多少量が多くとも問題なくできると思っていた白亜だったが、全然そんなことはなかった。
最初の難関は針だった。今白亜はエレニカに手渡された一般的な縫い針を使っている。地味に一つずつ潰していくと、そこそこストレスがたまる。白亜はシアンと共同で作業しているので普通の人よりも速度は早いのだが、それでもかなり時間がかかる。
終わりの見えない作業にイライラし始めると、誰だって多少力加減を失敗することもあるだろう。
白亜の場合、力加減を失敗するとすぐに針がポッキリ折れてしまう。
常人の腕力ですら直ぐに曲がってしまう針で白亜が集中していないと、ひとつ潰す度に折れていく。そしてさらにストレスがたまる。
一度曲がり始めたらもう止まらない。ケースから針を取り出すだけで指先の圧力で折ってしまう。まともに持つことすらままならないのだ。
ひとつ潰すために20本針を使った時もある。疲れてくるとどうも雑になってきてしまうらしい。
しかも、本当に終わらない。現時点で作業を始めて三日経っている。相当な量なので出せる量だけ出して潰せた分エレニカが追加していくので、床が見えてきたと喜ぶとまた追加されていく。いたちごっこである。
本当に終わりなんてないのではないのだろうか。
「あの、これ……なんの意味があるんですか?」
「うーん、意味があるかないかで言えば、ないね。プチプチである必要とかも、特にないよ」
「はぁ……?」
意味がないと言われ若干キレそうになった。
『堪えてください、本当に意味のないことをする訳が無いじゃないですか!』
シアンに言われてグッと唇を噛む。そうだ、エレニカ自身も時間を削ってここに居るんだ、無意味なはずがないと自分に言い聞かせる。
大抵のことは気にしない白亜だが、この作業の辛さにかなり疲れてしまっているらしい。
「ああ、ごめん言い方がおかしいね。今はない、という言い方がいいかな。ただ潰しているだけじゃ、ただの集中力トレーニングだよ? 君は、どうすればいいのか考えたかい?」
勿論、考えた。
初日で「こんなことしてて何の役に立つんだ?」と思った白亜は魔法で一気に潰してしまおうと考えた。竹を地面から生やす魔法ならうまいこと剣山の如くプチプチを潰せると。
だが、それをやっていいかを訊くと、エレニカが魔法の使用禁止を伝えてきたのである。
正直、魔法を使っていいのならこんなの直ぐに終わる。だが、魔法が使えないとなると白亜のできることはかなり限られる。物を創る力は魔法ではないがエレニカから「針以外は基本使っちゃダメ」と言われたのでほぼ使い物にはならない。
できることと言えば時空神としての空間をつないだり時間を早めたりする能力くらいだが、それもできることはあまり多くない。
そう考えてふと思い出す。プチプチは、圧力でフィルムをくっつける際に中に空気を入れている。それは最後の工程だ。
白亜は針をケースに戻し、手を翳す。シアンに頼んで補助をしてもらい、プチプチの時間を操作した。すると、目の前にあった緩衝材のロールが丸ごと崩れ落ち半透明の米粒くらいの塊が大量生産された。半透明で、触ったところプラスチックのようだ。どうやら作られる前の材料の状態にまで戻ったらしい。
床に大量に散らばったそれらをエレニカが拾い上げて小さく笑った。
「エレニカさん」
「……ああ、君は時間を戻したんだね。だけど、これじゃダメ。俺は潰れた状態でなければ許可を出さないよ」
つまり、原料の状態になってしまうほど戻し過ぎてもダメということだ。ということは、
「フィルムを貼る直前に戻すために、うまいこと調整しなきゃいけないって事ですか」
「そうだね。頑張って」
さらっと言われたがエレニカが買ってきた緩衝材がいつどこで生産されたかなどわからない。何時間分の時間を巻き戻せばいいのかわからないのだから、完全に手探りだ。
だが、針で一個一個潰すよりかは遥かに効率的である。




