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「お互いを認めるのは難しいから」

 仕事を終えてから数日後。


 自分の家で書類仕事をしていると、ジュードが部屋に入ってきた。


「師匠、今外に師匠に会いたいという方が」

「……ん? 誰?」

「エレニカさんです」

「いや、その人の場合俺に確認いらないから」


 さっさと通してくれ、と目で訴える白亜。


 正直に言えば国王でも対応を断ることすらある白亜だが、流石にエレニカを無視するなんてできない。


 エレニカは白亜の直属の上司というわけでもないが、雰囲気的にそんな感じになっている。


 正確に言えば上司の上司の上司くらいだろうか。


 ジュードに案内されて部屋に入ってきたのはエレニカと天照大神だった。


「お疲れ様。急に悪いね。ちょっと話があって来たんだ」


 エレニカが肩をすくめる。


 その動作にジュードは軽く頷いて部屋を出て行った。流石はジュード。白亜なら言われるまでその場に突っ立っているだろう。扱いの難しい白亜を口論で抑え込める数少ない人物である。


 ジュードが出て行ってから、白亜は盗聴などを阻害する結界を張り直した。そもそもこの部屋にはその類の魔法が張り巡らされているが、念のためである。


「ああ、ありがとう。込み入った話になっててね。あ、これお土産」


 エレニカの手にはいつの間にか紙袋があった。渡されたそれを見ると、どうやら紅茶らしい。見たことのない文字に首を捻ると、エレニカはその紅茶について軽く教えてくれた。


「こんな時にお茶の話……君は危機感が欠如してるよね、ほんと」

「欠如してるっていうか、慣れてるだけだと思う」


 天照大神の言葉に苦笑いしている様子を見ると、紅茶を飲んでいる場合でもなさそうだ。


「あの、何があったんですか?」


 ソファを手で示しながら聞くと、エレニカはすぐ座って話し始めた。普段ゆったりしているエレニカがほとんど間を開けていないということは、やはり何かあったのだろう。


「話の前に、この前の君のお仕事について。とても助かったよ、ありがとう。あまり時間が取れる神がいないから、あのような時間をかけて探るということは本来難しいんだ。日本は神が沢山いるけど、土地神がほとんどだし、君ほど力がないから世界を渡ることができなかったりするんだよね。泣き言はあまり言いたくないんだけど、正直人手不足だから」


 白亜の仕事など『観察して日記書いただけ』に等しいが、実はそれができる時点で結構低位の神では異端である。


 そもそも白亜ほど位の低い神だと世界間の移動すら難しい。白亜の場合、元からできるというとんでも性能なだけだ。そのため、今回のような簡単な任務でもこなせる神はそれほど多くないのだ。


「一応お給料みたいなのは用意してるんだけど、それはまた別の機会に。で、本題なんだけど」


 エレニカの手に石で作られたプレートが出現した。大きさはA4用紙くらいだろうか。


「これ読んでみて」


 手渡されたそれには日本語で何やらみっちりと書き込まれていた。新聞の文字並みの細かさである。


 白亜はそれに目を通して、怪訝そうな表情になった。


「あの……違いますよ」


 白亜の言葉に、エレニカと天照大神が頷いた。


「わかってる。わかってるんだが……」

「僕たちがいくら言っても聞かない神もいるんだ」


 渡された石の板には白亜が人から神になった存在でありながら異常な強さを持つのには違法なことをしたから、といった内容が書かれていた。正確には少し違うが、概ねそんな感じである。


「よく知らないんですが……そもそも、ドーピング? って言えばいいですかね? それに当たることって何かあるんですか?」

「一応あるよ。ドーピング、という言い方が正しいのかはわからないけど」


 天照大神がエレニカを横目で見ながら続ける。


「神の強さというものは大体は神力だ。君のような例外もいるけれど、基本的には神力の強さが物を言う。あとはどんな能力を持ってるか、とかね」

「あ、はい。それは前に教えてもらいました」

「実はね。……他の神から神力や能力を奪うことはできるんだよ」


 その言葉を聞いたエレニカが軽く両手を握って、少し目を伏せた。


「僕も知らないくらい前の話なんだけど、昔、神々で争いがあったらしいんだ。神力を奪い合ってね」

「……俺をはじめ、戦闘向きの神は特に狙われた。戦闘向きのやつって神力が多い傾向にあるから。……今、君は異なる世界がたくさんあると思っているだろうけど、実はもっともっと昔は倍以上あったんだよ? 全部消えちゃったんだけどね」


 今でもいくつあるかなんて全く知らないほどの数の世界があるのに、もっとあったと言われても想像がつかない。


 エレニカが自嘲的な笑みを浮かべた。たまに見せる、酷く怯えたような顔。


「主神が消えれば、その世界諸共消える。そんな単純なこと、誰も気づかなかったわけじゃない。でも、誰も止められなかったし、殺し合いが長引くほど止めようとは思わなかった。俺もそれに気づきつつ見ないフリして戦ってたよ。一体俺は、その世界に住む人を合わせたら……どれだけの命を消したんだろうな」


 どうしようも無かったのだろう。だが、どうしようもないことを認めるのと、それで納得するかは別問題だ。


 エレニカの場合は納得できなかった様子だ。


「異世界の神同士、手を取り合っていこうという考え方になったのはそれ程昔のことじゃないんだよ」


 天照大神の生まれる前にあった出来事を、エレニカは昨日の事みたいに話す。エレニカにとって、数千、数万年程度は誤差なのだろう。


「お互いを認めるのは難しいから」


 その言葉にはおそらく、その時のことだけではない後悔が滲んでいる。


 エレニカは白亜よりずっと年上なんだと、改めてなんとなく感じた。

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