「ハクア、か。……優しい響きだ」
白亜はエレニカとの通話を終えてすぐ、エヴォックに来週帰ると伝えた。
「……早くないかい?」
「これでも延ばしてもらったんですが」
「そうかぁ……とても残念だよ。君はこの国の中心的な存在になっていくのだと思っていたんだけどね」
確かに白亜が長期滞在すればそうなっていくだろう。
そう考えると、異常な力を持つ白亜やその配下に積極的に頼ることはしないリグラートはかなり珍しい国かもしれない。
普通これだけ強い平民がいたら、どうにかして国に繫ぎ止めることを考えそうなものだが。
白亜の場合は弟子がジュードだからというのもあるかもしれないが、それを加味してもかなり自由な生活を送っている。ジュードの父親は白亜が強引な相手を嫌うことを何となく察したのかもしれない。
ガルとリシューも白亜の言葉に苦笑した。
「本当に急だな」
「リシャットらしい」
白亜の性格はここにいる全員が分かっている。
付き合いが長いわけではないとはいえ、白亜は表情さえ見分けることができれば何を考えているか結構わかりやすい。
仲良くなることができれば、白亜の性格を掴むのはそう難しいことではない。
昔はこうはいかなかっただろうが、ジュードたちと過ごすにつれて変わっていった。これでも大分柔らかくなっている。
「帰るまでにリシューが人になれる道具を作って渡せばいいですか?」
「まぁ、そうだね。……頼んでいいかな」
「はい」
エヴォックが肩を落としている。受け答えに覇気がない。
それもそのはず、白亜がいなくなることにより予定を大幅変更することが確定したのだから。
しばらく眠れない日々になりそうだ。
ガルはエヴォックの肩を優しく数度叩いて慰める。不憫だと感じたのだろう。
実際、エヴォックは可哀想なぐらい徹夜して予定の修正に追われることになった。
「できた……」
エレニカと話してから数日後、人間に変化する魔法を込めた魔法具が完成した。
簡単に付け外しできる指輪の形状にした。念のために予備も三つ。ただ、悪用されても困るため、リシューにしか使えないように設定した。
「これがその?」
「ああ。着けておいてくれ」
「これから人になるにはこれを着ければいいんだな」
リシューはそれを中指に着けてポツリと、
「もう、遊びには来ないのか……?」
と小さな声で聞いてきた。
独り言かと思うくらいの声量だが、白亜はしっかり聞こえている。
そして最近多少マシになってきたとはいえ、いまだに空気を読むことができない白亜はサクッとストレートに事実を伝える。
「多分もう来ない。来れるかも分からないし」
「そう、か……」
結構勇気を出して聞いてきたのだろうが、白亜は言葉を軽く濁すことを知らない。
無闇に期待させるよりいいのかもしれないが。
「じゃあ、最後に教えてくれ。リシャットは、本当の名前か?」
「………」
リシューの言葉に、白亜は多少驚いた。
自分の名前が複数あるなんて言っていないし、リシャット・アルノルドという名前も本名といえば本名だ。
偽名ではない。が、白亜は自分が『白亜』であると認識している。
本名ではないという感覚は、少しだけある。
リシューはそれを敏感に感じ取っていたのだろうか。
白亜は軽く目を細めて、口を開いた。
「……ああ。俺は、白亜。リシャットも俺の名前ではあるけど、本当は白亜って言うんだ」
「ハクア、か。……優しい響きだ」
リシューはそれから何も質問しなかった。
どこから来たのか、どこへいくのか。白亜は何者なのか。そういった疑問はたくさんあっただろう。
だが、あえて何も聞かずにいてくれた。こんな友人と別れなければならない事が白亜は少し残念に思った。
そして約束の一週間後になった。
「本当に、いいんですね?」
「いいよ。こっちはこっちで上手くやる。ただ、どうしても謝りたいから手紙だけ……頼む」
「わかりました。しっかりお渡ししましょう」
白亜は前田から受け取った手紙を懐中時計にしまった。
実は白亜は前田に「日本に帰りたいか」を直接聞いて、数度同じ質問をした。
今回を逃せばもう二度と日本に帰れないかもしれないが、それでもいいかと。
そして白亜の質問に前田は帰らないと告げた。
古い友人への手紙だけを白亜に託して。
「それでは、さようなら」
「……ありがとう」
前田の感謝の言葉に、白亜はゆっくり頷いた。町の外へと歩いていく白亜を、前田は静かに見送る。
町の入り口にはエヴォック、ガル、リシューがいた。
「君はもう来ないと言ったけど、気が向いたらまた来て欲しい。歓迎するよ」
目の下に色濃い疲労が滲みでているエヴォック。どうやら徹夜続きの中でも白亜の見送りに来てくれたらしい。どうかゆっくり休んでほしい。
「受けた恩、絶対に忘れないからな。いつか返させてほしい。これは餞別だ」
ガルが白亜に何かを渡してきた。上等な作りのナイフと小さな袋だ。ナイフの刃渡りは30センチほど。袋の中には茶葉らしきものが小分けして包んである。
「ナイフは料理にでも使ってくれ。袋には取り寄せた紅茶が入っている」
「ありがとうございます」
白亜はそれらを懐中時計にしまった。
そしてリシューが最後、白亜に飛びついて耳に自身の鼻を押し当てた。
「?」
急なスキンシップにリシュー以外の面々が驚く。
リシューは数秒そうしたかと思うと、ゆっくり離れた。
「これは、母から教わった『再会を願う』まじないだ。無理かもしれんが……いつか、会えるのを待っている」
その行為に白亜は小さく笑った。
「……ああ。そう、だな。会えたらいいな」
ここで一旦区切り。
本編終わってるのに、書いてる事そんなに変わっていないのです。
番外編なのか……? と思わないわけでもないのですが『私の書きたいところ=本編』という認識なので、そう言った意味では本編ではないのかな。とも思います。
書きたい話を書いているのは今も変わらないんですけどね。




