「貴方は、日本に帰ることを望みますか?」
白亜は前田に聞かなければならないことがあった。立場上というよりかは個人的な感情も多く含まれる質問である。
「貴方は、日本に帰ることを望みますか?」
この質問は必須だった。この返答次第で白亜がこの先どう動くかが決まる。
「そうだな……正直、別に帰りたいとは思ってない。帰らなきゃいけない理由が特にないからな。ただ、ケイにはゴメンって言いたい。ちゃんと謝りたい。帰りたい理由があるとすればそれだけだ」
「そうですか」
帰りたいという意思はほとんどないらしいという事は最初から知っていた。
というのも、そもそも選定の段階で日本に強い未練のある人は除外されている。選ばれたという事は、特に日本に思い入れがない人だという事だろう。
「俺からも、聞きたいことがある」
「お答えできる事ならお答えします」
「お前って……結局なんなの? 人じゃないんだろ」
きた、と若干身構える。白亜が一番困る質問だ。
普通なら確かに気になる事だろう。昔の経歴を語ったが、今の事はほとんど話していない。
人じゃないと最初にバレてしまっているので、種族名が気にならないはずがないのだ。
「……ある地域では『ヒトデナシ』と呼ばれるものです。人によく似た、人ではないもの。少々特殊なことができる程度の存在です」
神である事は明かしていいという判断がつかない。
その為、適当にちょっと濁した。ジャック……亜人戦闘機のいた世界では神のことを『人でなし』と呼んでいた。
人とは根本的な何かが違うものの総称らしいが、今回はこれを使うことにする。この言葉は一番誤魔化しやすい。明記しているようでいて、何も判明しない。
少し意地悪な答え方にはなってしまうが、嘘は言っていない。ギリギリのラインといったところだ。
「そうか……詳しくは教えてくれないのか?」
「今は、言えません。言っていいのかを判断する権限が私にはありませんから」
「ふーん、お前も大変なんだな」
白亜の言葉から少なくとも上下関係に似たものがあると推測したのか、それ以上は聞いてこなかった。
それ以降は特に互いに話すこともなかったので解散した。前田は少し話したい雰囲気を醸し出していたが、白亜の予定があった為に話を中断することになったのだ。
白亜の予定とは、リシューのことについての話し合いである。相手はエヴォックとガルだ。
エヴォックは当然だとして、ガルがいるのは謎である。当事者に含まれるのだろうか? 居合わせただけではあるのだが。
だが一応数少ない信頼できる相手だ。本来の職務を放り出してここにいるらしいが、本人があまり気にしていない為もうこのまま行くことにする。この後怒られようが本人の責任である。
「それで、正式に不可侵の契約を結んだわけだが。これからどうするつもりだ?」
ガルの言葉に、リシューが腕を組んで考え込む。
「実のところ、こんな状況になるとは全く思っていなかったからな。だが、ニンゲンの生活を知ってしまうと、あの味気ない谷に戻るのは寂しく思える。しばらくはここで暮らしたいのだが」
「暫くとはどれくらいですか?」
「60年程」
「「「………」」」
さすがはリシュー。スケールが違う。
この世界の人間の平均寿命分の時間を、さらっと『暫く』という言葉で済ませることができる者はそうそういない。
「流石にそれはちょっと……」
「国としては、おそらく納得できないだろうさ」
「人化の術も解けるし」
エヴォック、ガル、白亜の三人が同時にそう言った。
そして今度は白亜に視線が集まる。
「そういえば、この人型になる方法はリシャット君が?」
「ええ」
「これってどれくらい持つか教えてもらってもいいかな」
「今かけてるやつは一ヶ月も経てば自然に戻ります。リシューの意思で簡単に戻れるようにはしているので、やろうと思えば今すぐにも解除は可能です。ただ、これは簡易的なもので、ちゃんと時間をかけて作れば数年ほど効果は続きますが」
リシューがもしもこの街にとどまるのであれば、この人になれる魔法は必須である。
ただ、街中で元の姿になってしまったら大騒ぎどころではない事態に発展する可能性が高い。
有効期限が切れる前に街からは離れてもらわないとお互いに危険だ。
「何かの方法で自分自身で操作できるように、できないかな?」
「人化ですか? ……できないわけではないです。ただ、作るのも多少時間は必要になりますね」
「どれくらい?」
「数日以内には」
「そうか。では滞在期間は一応それまでということで、よろしいかな」
ガルの言葉にリシューが渋々頷く。
遊びに行ったり、いろいろやってみたいと思っているのだろうが、街のことを考えると我儘は言えない。といった感じだろうか。
「それでは、リシャット君の『準備』が終わり次第、再び連絡を入れてくれ」
「はい」
白亜が頷くと、エヴォックは部屋を出て行った。
エヴォックがいなくなった室内。沈黙に耐えかねたのか、リシューが白亜に「そう言えば街を出るのはいつだ?」と聞いてきた。
白亜はほとんど間髪入れずに答える。
「もうやることはほとんど終わったから、すぐ帰るかも」
「え? 帰るって?」
「だから、国に……って話してなかった?」
「聞いてないと思う」




