「あ、目は瞑っておいたほうが良かったと思います」
白亜がアンノウンを下げて服の内側にしまい、少し離れたところで状況を見ていた前田達に近付く。
前田は目の前の光景が今でも信じられないのか、忙しなく辺りを見回していた。
「さ、さっきのやつ、なんだよ……?」
「さっきのやつ、とは?」
「あれに決まってるだろ……」
少し震えた指先で示したのは、ぱっくりと割れた地面と滑らかに切り裂かれた蜥蜴の死体である。
白亜はそれを見て、
「斬っただけです」
「普通に剣振って、ああならないだろ」
漫画か、と頭を抱えたくなるほど分かりやすい斬撃攻撃だった。
ただ、白亜としては本当にただ振っただけなのでなんとも言えない。
今までどれだけ無駄に魔力使っていたのだろうかと少し反省しているくらいである。
以前エレニカに「魔法を教えてもらえないか」と頼んだところ、白亜の魔法はあまりにも独特すぎて「教えようにも教えられない」と言われている。
今回の感じだと魔法の方も改善の余地はありそうなので(シアンが)頑張って新しく構成を考えたりする必要はあるだろう。
「それで、帰りますか?」
「ああ。依頼人も逃げたし、その報告もしなきゃならないからな」
前田は疲れきった表情である。実際かなり疲れているのだろう。
「そうですか。ではこの際なので近くまで送りましょう」
前田達の疑問の声を無視して白亜は転移魔法を発動させた。
次の瞬間、グルンと視界が回転して地面に投げ出される。
「ぐえっ」
「あ、目は瞑っておいたほうが良かったと思います」
「言うの遅いわ……!」
急に予期せぬタイミングで視界が揺れ動いたせいで妙な浮遊感と気持ち悪さがある。
せめて何かするならその時に言え、と言い返したいが気持ち悪くてうまく立ち上がることすら難しい。
「それでは、先に行っていますね。今回のことはなるべく他言しないでください。もしどうしても喋らなければならない場合なら、エヴォックさんにのみお伝えしてもいいです」
さらっと置き去りにする白亜。前田がやっと落ち着いてきた頃には白亜はもういなかった。
前田が辺りを確認すると、そこはここ最近資金稼ぎのために何度も入った町に近い森の中で、ギリギリ土地勘がある。
感覚を頼りに進むと見慣れた街道が見えた。かなり町に近い場所である。
数日かかる距離をたった数秒で移動したらしい。もう、驚くとかの次元は超えている。
とても素直に目の前の状況を飲み込んでいた。
「帰るか、一旦……」
「そうね……」
全員、訳がわからないが、とりあえず休みたかった。
若干覚束ない足取りで町に入り、いつも泊まっている宿に直行して気絶に近い形で睡眠をとった。
次の日の昼ごろ、漸く起きた前田がパーティメンバーを集めて会議を行った。題材はもちろん白亜のことである。
「あの人なんなの? 助けてくれたかと思ったら置き去りだし」
「さぁ……とりあえずギルドマスターのお気に入りなのは間違いないけど」
「とりあえず報告はどうするの?」
話し合った結果、白亜のことは聞かれたらエヴォックには話すが、なるべく無言で行こうとなった。本当ならあれだけのことができる人の報告くらいしなければならないのだが、白亜の場合、何が地雷になるかわからない。
報告した結果、前田が裏切ったと判断して前田を潰しに来る可能性もある。
白亜の人となりを知っている人なら白亜の選択肢に「潰す」なんてのはあまり入らないのは分かるのだろうが、前田は白亜のことをよく知らない。
無口無表情が基本なのでいつも怒っている風に見えなくもない。
本気でキレたらヤバそうだと、前田は野生の勘で理解していた。その通りである。白亜がキレたら吹っ飛ぶのは町一つどころの話ではない。
そのため『なるべく怒らせない』のを第一目標に掲げることにした。念に念を重ねて悪いことはない。
前田達は依頼失敗や黒い蜥蜴のことを報告するためにギルドへ向かった。
真昼間の時間帯であることも幸いして人はかなり少ない。
そのカウンターに向かい、名前などを伝えてから依頼の失敗などを報告する。
「雇用主はどちらに?」
「えっと……少し事情があって、先に帰ってきたんです」
「馬車より先に?」
「はい……」
誤魔化そうかとも思ったが、下手に誤魔化して変な矛盾が生まれてしまっても困る。かといって正直に答えて白亜の怒りを買う真似だけは絶対にしたくない。
どうするべきかと考えていると、そこに人が割って入った。
「ちょっと失礼。こちらで直接話を聞いてもいいかな?」
ギルドマスターのエヴォックだった。




