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「お前、人間なのか? 違うものなのか?」

 前田は目の前の光景が信じられず、何度も瞬きを繰り返す。


 数メートルの蜥蜴を蹴りで吹っ飛ばすなど、常人の技ではない。


 普通なら足の方が折れる勢いだった。


「お、お前、なんでここに……?」


 白亜がここに居ることについての疑問が最初に出てきた。


 町からはかなり離れている。エヴォックが『暫くは外に出ないように』と白亜に伝えていたことを知っているので、追いつくには乗り物がないと厳しいはずだ。それが、白亜は単身で、しかもかなり軽装である。


 腰に安物の剣と、あまり物の入っていなさそうなウエストポーチ、服装などほぼ普段着だ。防具らしき物は申し訳程度の革のグローブをはめているくらいである。


 確かにこの格好なら前田達にも一日遅れだとしても追いつけるかもしれないが、その場合ほとんど食料も水もなしで野営していることになる。


「なんで、と言われても……走ってきたから?」


 白亜の答えはシンプルだ。走ってきた。それだけである。相変わらず説明する気はない。


 実際その通りでしかない。人なら数日かかる距離は数秒で届く。単純な身体能力が段違いなだけだが、シンプル故に信じられない人にとっては凄く嘘っぽい。


「適当言って誤魔化すつもりか」

「………人って、そういうとこ、あるよな……」


 目で見たものを信じられないのに、目に見えるものしか信じられないとか言う。じゃあどうすれば良いんだ、と辟易とする人は少なくないだろう。


 前田の言葉にため息をついた白亜が、背後の何かを引き摺る音に反応した。


 目を向けると、右後ろ足が変な方向に曲がった蜥蜴が足を引きずりつつ立ち上がりはじめている。


「へぇ……ちょっと強めに蹴ったつもりなんだけど、思ったより硬かったかな……」


 前田が食われないようにと蹴り飛ばしたので、殺す気は特になかった。殺す気なら最初からアンノウンで斬りかかっている。


 とりあえず安全を確保するために遠くに蹴っただけだったのだが、殺意はなくとも白亜の蹴りだ。


 何本かの骨がバキバキになっているだけで済んでいるのは運がいい。


 黒蜥蜴は白亜を鋭く睨みつける。白亜は蜥蜴より圧倒的に小さいので上から見下ろす形にはなっているのだが、存在感は桁違いだ。


 白亜をヤバイやつだと判断したらしい蜥蜴は大きく息を吸い込み、全力で吠えた。


「グォオオオオ!」


 大気が声によって大きく揺れる。前田は声の圧力とも言える雄叫びにゾッとした。白亜は耳を塞いで顔を少し顰めている。常人を遥かに超える白亜の耳には大きすぎる音量だ。


 そして10秒ほど叫んだ後に蜥蜴は力尽きて倒れ、動かなくなった。


「い、今のは……」


 前田が小さく呟く。蜥蜴が何かをしようとしていたのは間違いがないのだが、見当がつかない。


 白亜も何か気になるのか、蜥蜴の死体を注意深く観察している。


 その白亜に背後から近づいて来たのは前田のパーティーメンバーだった。


「あの、その、助けてくださって、ありがとうございました」

「いえ……無事でよかったです」


 感謝されると思っていなかった白亜は若干のタイムラグを挟んだ後にそう返した。


 弓を最後まで打ち続けていた彼女は白亜に頭を下げ、前田にジトッとした目を向ける。


 視線の意味に気づいた前田は小さく文句を言ってから、


「……助かった」


 と礼を言ってきた。白亜はそれに対して、小さく首を横に振った。


「まだ、終わってない、と思います。さっきの大声……仲間を呼ばれた可能性が高い」

「あれが何匹もいるのか!?」


 前田とその仲間達が驚愕の表情を浮かべる。


 正直全く歯が立たなかったあの蜥蜴がたくさんいるとは思いたくない。


「恐らく。もう向かってきているでしょうね」


 白亜の目線の先を見てみるが、前田の目には何も映っていない。


 だが前田はなんとなく分かっていた。白亜の見えているものは自分のものとはまるで違う事を。


「……一つだけ、教えてくれ」

「なんですか」

「お前、人間なのか? 違うものなのか?」


 前田の質問は白亜にとって意味のわからない質問だった。


 日本から一緒にきたのに、人でないという発想が何故できるのかが理解できなかったのだ。この世界に来てから人間以外の種族を知ったはずなのに、日本にいた人が人ではないかもしれないという疑問が出るのは、白亜からすれば訳がわからない事だ。


 しかも当たっている。白亜は人ではない。


 もしかしたら適当に超人的な力を持つ人を見て「お前人間?」みたいなノリで言ってきているのかもしれないが、前田の声のトーンからして本気で訊いてきていると分かった。


 最初から人間であるはずという固定観念を疑う、その考え方に、白亜は疑問を覚えたのだ。


 前田の質問に白亜は正直に答える。


「……はい。人間じゃないです。こちらからも一つお訊きしても? その質問が出るということは、貴方は『私のような存在を知っていた』のですか?」


 白亜の質問に、前田は真剣な面持ちでゆっくり頷いた。


 この反応で白亜は初めて知る。前田は日本にも人間以外の種族がいる事を知っていたのだ。

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