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「最初から話を聞く気、なかっただろ」

 『裂け目』への行き方を訊かれ、白亜は少し悩む。


 まず素直に飛んで行ったと言うのはあまりよろしくない。もう色々とリシューやガルにはバレているので彼らには最悪明かしてもいいが、この人達に明かすのはリスクが高すぎる。


 別の適当なルートでも教えておきたいところだが、用事が済み次第すぐに帰ってきてしまった。


 他の道など調べていないから誤魔化しようがない。


 嘘をつくのは極力やめておきたいところだ。それでこの人達が事故に巻き込まれでもしたら寝覚めが悪いし、そもそもの問題として白亜の演技力が追いつかない。


 シアンに交代して貰えば、ある程度人は騙せるが白亜と雰囲気がまるで違うので後々疑問視されたら困る。


(シアン、これは話を逸らした方がいいか?)

『面倒ごとに繋がりそうではありますね。とりあえず目的だけでも聞きましょうか』


 シアンの言葉に同意した白亜は相手に何故行き方を知りたいのかを訊ねた。


「それを言う義務はない。さっさと行き方を話せ」


 少年がバッサリ拒否してきた。頼んでいる立場の態度ではないが、白亜からすればこんな感じの態度の相手は珍しくない。特に貴族にはよく似たタイプの人が結構いる。


 金を払ってやるから文句を言わせろ、みたいな口調の相手が。


 白亜は自分を貶されて怒るほど他人に興味がない。貶されたところで「ああ、うん。で、それが何?」と素で返せる猛者である。


 他人の評価など気にしないが故に他人の話の内容など正直どうでもいい。かなりの確率で聞き流しているので、会話の記録はシアンがしっかり録って保管している。


 シアンがいなかったら白亜は日常生活がままならないかもしれない。


「……理由がわからなければ、お伝えできません。お引き取りください」


 さっさと帰ってほしい白亜は、拒否してくれるのを待っていた。すぐに帰れと促す。


 あまりにも「早く帰れ」と言わんばかりのその反応に慌てたのは少年の後ろに立っていた女性だ。


「す、すみません! 本当に、情報が欲しいんです。お願いします」

「何故なのかは教えていただけないんですか?」

「……はい。少々込み入った事情がありまして」


 女性はなんとかこっちの機嫌を取ろうと必死そうだ。


 だが白亜はそんなこと気づかないし、どうでもいい。


「無理ですね。おかえりください」

「そ、そんな! これはあなたの為でもあるんですよ!」

「情報の開示でどんな利益があるんです? 正直デメリットの方が明らかに大きい取引きを選ぶのは、余程のアホか、騙されてるか、能天気なお人好しくらいだと思いますよ。残念ですが、今の私はそのどれにも該当しません」


 取引は利益と不利益を天秤にかけて、利益の方が傾いたら成立するものだ。


 今のところ白亜にとっての利益はほとんどない。


 不利益は色々とあるが、最も困るのは白亜の能力がバレることだ。今のところ『ただ異常に戦闘能力の高い人』という位置付けでなんとか抑えているのに、これに加えて空を飛べるとか追加されたら面倒なことになりそうだ。


 今現在面倒なことが軽く起こっている時点で目立ってしまっているのは……もう如何しようも無いが。


「お金は支払います。指名依頼の規定の金額……二、いや三倍を」

「結構です。お金には困ってないので。他にありますか?」


 サクッとお金はどうでもいい宣言である。


 実は規定の三倍の額ともなれば半年は悠悠自適に暮らせるくらいのお金にはなる。普通の冒険者ならこれに魅力を感じない人はいないくらいの金額だ。


 戦争の最前線に配備されたとしてもこれより少ない金額になるだろう。


 ただ道を教えるだけで破格の依頼料を受け取ることができるのだ。普通なら受け取るだろう。


 だが、白亜は当然普通ではない。


「えっ、えっと……ギルドでの地位の昇格」

「興味ないです。今のままで構わない……いや、下げたいくらいですね。……下げれるのかな?」


 最近目立ちすぎているところがある。ランクの降格って頼めばやってくれたりしないだろうか。


 無意味に降格を望む冒険者など聞いたこともない。


 白亜の場合「なんとなく下げたいから」という理由である。本当に自分勝手だ。


 この白亜の予想外の行動を抑止していたジュード、リン、シアンの手腕でもなければ白亜の行動を対処できまい。


「………」


 あまりにもバッサバッサと白亜が提案を一刀両断していくので、女性もレパートリーが尽きて黙り込んでしまった。


 やはりジュードでなければ白亜の行動を誘導することはできないのであろう。


「もうないようでしたら、お帰りください。さようなら」


 椅子から立ち上がり扉を開けて、さっさと帰れアピールである。流石は白亜、容赦のない速度と行動である。


 これ以上は白亜も聞かないし議論をひっくり返すのも難しい、と判断したらしく一行が帰って行く。


 扉を出る直前、少年が不満気な表情で白亜を見た。


「最初から話を聞く気、なかっただろ」

「はい。ありませんでした。それが何か問題でも? 文句がおありでしたらギルドを通してください。直接的な依頼はお知り合いでない限りお受けしようとは思いませんので」


 その言葉を聞いてフンと鼻を鳴らしてから帰っていった。実は白亜の言が正論なのである。


 そもそもお仕事斡旋所であるギルドは所属のメンバーに割り振る仕事を選んでいる。特に白亜みたいな異物には慎重に依頼を検討してから仕事をふるのが普通だ。


 彼らはそれを無視して直接言いに来たのだ。あまり褒められたものではなく、バレたらギルドから警告されるレベルのものである。


 白亜は報告するつもりは特にはないが、エヴォックに「何かあった?」とでも訊かれたら答えるつもりではある。


 扉を閉めて軽くため息をついた。


 そしてテーブルに置かれたほとんど飲まれていないお茶を見て、忘れていた怒りがじわじわと復活し始めたのか、あからさまに不機嫌になった。


 リシューが頑張ってご機嫌とりをしたが、白亜の機嫌は夜になるまで治らなかった。

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