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「先に人助けだ」

遅くなりました……

 白亜は昨日の夜からとっている宿のベッドから起き上がる。


 金ならばバルバ・ゼールのおかげでかなりの余裕があるので、早々に一人暮らしを始めたのだ。


 可能な限り借りは作らない、が白亜の考え方である。


 とは言ってもただボケッと過ごしているだけでは後に色々と動きづらくなりそうなのである程度冒険者として仕事をするつもりである。


 前田の様子を観察してみると、どうやらまだ寝ているらしい。


 昨日前田が狩っていた芋虫は気持ち悪さの割にあまり高く買い取ってもらえない。それほど強くないため需要よりも供給の方が高いのだ。


 バルバ・ゼールは高級品である上に食い出があるので、需要が高く高値で売れる。


 白亜は昇りきっていない朝日を見てから外の井戸に顔を洗いに行った。


 この宿はそこそこ良いと評判で(エヴォックがそう言っていた)料理も美味しく(エヴォック談)客層も良い(エヴォックから聞いた)らしい。


 白亜としてはあまり寝ずとも生きていられるので安宿でもよかったのだが、エヴォックがこの宿に紹介状まで書いて白亜を泊まらせたのである。


 理由はもちろんいくつかある。


 まず1つは『絡まれるのを避けるため』である。正確には、絡まれた白亜がキレて冒険者を減らさないためである。大抵のことでは怒らない凪のような感情を持つ白亜だが、キレるときはキレる。


 特に、やりたいことができないとかなりキレる。


 寝たいときに眠らせてもらえなかったりすると、途端に機嫌が悪くなる。


 それが仕方がないことだと分かっていれば白亜も我慢するのだが、そうでもない時に邪魔されるとイラつく。


 それをエヴォックは見抜いていたのか、個室が与えられるこの宿を勧めてきた。


 2つ目は『お金を盗られないようにするため』である。


 一部の人は白亜がかなりの金をもっていることを知っている。これから先余計な混乱を避けるためにも、白亜には自衛をして欲しかった。


 正直、白亜はあまりお金に興味がない。昔の体験からお金の重要性は身にしみて分かっているので節約をすることは多いが、金はあまり使わないので有り余っている。


 そのため盗みが出てもほとんど放置する傾向にある。


 流石に目の前で盗まれているのを見て見ぬふりなどはしないが、いつの間にか消えていたお金を取り戻すために犯人探しをしようとまでは特に思わないのだ。


 それがもし他の人に広まってしまうと盗みが実行される可能性がある。特に白亜は金をたくさん持っている上に、これからいくらでも作れる強さがある。治安の悪化は極力食い止めたいエヴォックからすれば白亜は開けっ放しの金庫に近い存在だ。


 白亜自身が盗られたことを気にしなくとも、金の存在はギリギリまで隠していたい。


 どちらかというと白亜の心配というより周りの心配をしているのだ。


 井戸水で顔を洗い、タオルで拭きつつ空を見る。


「さて……どうするか。前田はまだ寝てるみたいだし、早いうちに仕事をしとくべきかな」


 まだかなり朝早い時間だが、ギルドなら基本24時間開いている。


 一日一回、依頼は更新されるが、それは朝10時だ。まだ残っている依頼は昨日からの残り物ばかりしかないだろう。


 だが、白亜からすればそれは問題ない。


 金に困っているわけでもないし、カムフラージュのつもりでやっている仕事だ。本腰を入れてやるつもりは毛頭ない。


『そうですね、武器も新調しましたし』


 昨日、エヴォックと話をした後、リストを渡された。


 この宿の名前もそこに書いてあったのだが、そのリストには武器や防具、必需品などが書かれていて、一番下にエヴォックのサインがしてあった。


 これは何かと聞くと「これを買ってきて。メモを見せれば大丈夫だから」と言われたので言われた通りに買いに行ったら何かと高待遇で商品を準備してもらえた。完全に母親に頼まれて来た子供のおつかい状態だった。


 エヴォックの紹介状メモがあったお陰で色々とサービスしてもらえたのはラッキーだった。


 中古の剣は昨日のバルバ・ゼールとやりあった時に完全に壊れてしまっていたので、武器は買った方がいいのかな、と思っていたのだが予想外にそこそこ良い物が手に入ったのである。


 それらの武器や防具を身につけてギルドに向かう。


 ギルドには夜勤のスタッフが疎らに作業しているだけで、人気はあまりなかった。


「依頼はこれでいいか……」


 適当に選んだものを申請して町の出入り口に向かう。今度はしっかり武装していたので止められなかった。やはり服装は大事だ。


「シアン。資料は読んだな? どっちに行けばいい」

『とりあえず街道沿いに進んでください。方向転換する時に声をかけます』

「わかった」


 軽く走る。さっさと仕事を終わらせて休みたいのである。


 6キロほどゆっくりと走った時、白亜の耳に声が聞こえた。


「……? 森の方、何かいる。人か?」

『恐らくは。確認しましょう』


 少し耳に意識を集中しつつ音の主を探ると、森の中で一人の女性が助けを求めているのが聞こえた。小さな声で助けてと繰り返している。


 白亜でなければまず聞こえない声量であることを考えると、もしかしたらかなり衰弱しているのかもしれない。


「あっちか」


 声の聞こえる場所に走ると、女性が倒れていた。足首が腫れ上がっているところを見ると骨折しているかもしれない。


「大丈夫ですか」

「……ぁ、……ぇ」


 声を出すのも辛そうなのでひとまず怪我の様子を見る。


「右肩脱臼、左足首骨折、打撲数カ所……」


 見た感じ今すぐ死んでしまうほどの怪我はなさそうだが、動けないのは間違いなさそうだ。


(シアン)

『ええ。こちらを優先しましょう。人命が最優先です』


 シアンと話し合った結果、女性の保護を最優先として依頼の達成は諦めることに決めた。


 制限時間内の間に確実にこなせない仕事はペナルティを喰らっても断ると決めている。


「先に人助けだ」

『足だけとりあえず固定してゆっくり戻りましょう』


 普通の人と同じくらいの速度で帰ったら日はすっかり昇りきってしまっていた。今日の分の仕事はできないだろう。


 病院の場所を聞くついでに依頼が達成できなかった旨も連絡するためにギルドへと向かった。

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