「じゃあやっていい?」
ウサギの大きな耳がピクンと動いて、奥のボスっぽい白ウサギがはっきりと白亜の姿を捉えた。
「あ。見つかった」
そこまで気合を入れて隠れていたわけでもないのだが、多少は静かに行動していた白亜を見つけるのは中々に困難だ。流石はウサギというべきだろう。
白ウサギがダンッと後ろ足で地面を蹴ると、他のウサギが白亜に注目した後に躊躇なく飛びかかってくる。
その瞬間にシアンが白亜に連絡を入れる。
『そのウサギは恐らくバルバ・ゼールという動物です。足の肉はかなりの高値で取引される高級肉で、ギルドでも買い取ってもらえます』
「じゃあやっていい?」
『どうぞ』
シアンの許可が出たところで白亜はウサギに猛攻を仕掛ける。まず手前のウサギの顎を蹴り砕き、他のウサギにぶつける。その間に別のウサギの真後ろに回り込んで首に剣を叩きつける。
白亜の怪力で首筋を殴られたウサギは吹き飛ばされた後にピクリとも動かなくなったが、白亜の買った安物の剣は中から折れる音がしたのでもう使えないだろう。短い命だった。
「……二羽、と一羽重傷。あとは白いの一羽と茶色のが二羽か……」
顎を蹴られたウサギと首を後ろからぶん殴られたウサギは既にこと切れているが、それ以外は無傷かギリギリ生きているかの二種類だ。
もう一羽くらい仕留めとくか、と白亜が一歩踏み出したところで白ウサギがまた大きく地面を蹴り、そこから離れる。それを合図にして無事だったウサギは重傷のウサギを引っ張って逃げていった。
「逃げた……。まぁ、二羽ありゃいいか」
とりあえず死体を懐中時計にしまって帰ることにした。そもそも白亜の目的は監視なのだ。今ここにいるのは監視対象から一旦離れるためである。白亜の場合魔眼があるので遠くからでも監視は可能であるし、どこ何してたかわからない人として振舞っておいたほうが後々楽になる。
ここから離れる時も仲間がいるとなると説明などが面倒だが、いなければ簡単だ。
勝手にフェードアウトできる環境を作っておくのも大切である。
目当ての果物も採取できたので早々に帰ることにした。一応魔眼で監視対象の前田の様子を伺ってみるが、何やら話をしているらしいという事だけわかったのですぐに見るのをやめた。
見ようと思えば口の動きで何を言っているのかを察することくらいはできるのだが、面倒だったのでとりあえず今何をしているのかの確認だけした。
「さて、ウサギはどうするべきだ……あまり懐中時計は表に出さないほうがいいとなると、担いで行くのがいいか」
『確実に目立ちますが』
「隠密かけたらどうだ?」
『後で面倒なことになると思うぞ』
街で売るには担いでいくしかないのだが、あまり目立つのは得策ではない。色々と考えた末に『ささっと解体して要らないものは捨てていく』という普通の結論に至った。
昔から懐中時計を使いまくっている白亜は「持ちきれないものは仕方ないけど捨てていこう」という感覚がない。
基本的になんでも入る超高性能な代物なので庶民感覚が麻痺しているのだ。勿論普通に買えば半端ではない値が張る物品である。ファンクラブの会員達からすれば微々たる出費なのだろうが、一般人では到底手の届かないものであることに変わりはない。
白亜はシアンがギルドで入手した売れる部位の一覧を確認しつつ、手早く皮を剥がして足の肉を切り取り、心臓を抉り出す。ついでに爪も切り取って懐中時計にしまった。素材として爪は売れないが、今後使えるかもしれないと判断したのである。
足の肉以外の場所はあまり高値では売れないらしいので、そのまま焼いて土に埋めた。焼いた時点でほぼ燃え尽きて灰すらほとんど残っていなかったが。
足の肉だけでもかなりの大きさだ。毛皮で包んで担ぐと白亜の大きさを優に超える。
その状態で門へ向かうと、門で白亜を一度門前払いした職員が唖然とした表情で白亜を見ていた。
職質でもされるかと身構えていた白亜だったが、そもそも出るときに一悶着あったせいで身元もしっかり割れていたので何も言われなかった。
日本から来た知り合いが誰もいないことを魔眼で確認してからそのままギルドに入っていくと、エヴォックが若干引きつった笑みで対応してくれた。
「えっと……依頼って何を受けたんだっけ?」
「これです」
依頼を受けたときに発行される紙を見せ、依頼の果物も渡す。果物は街に入る直前で懐中時計から出しておいた。
その為本来数人がかりで運ぶ大きさの肉を片手で平然と担ぎ、もう片方の手ではそれほど珍しくもない果物の入ったカゴを大事そうに抱えているという変な図が出来上がっていた。
価値で言えば白亜のとってきた果物より、白亜が要らないと焼いて捨てたウサギの残った部分の方が圧倒的に価値が高い。
「ああ、これで依頼は完了だけど……どうしてバルバ・ゼールを?」
「襲いかかってきたんで殺して解体したんですけど、何か問題が? 高級食材なのでしょう?」
エヴォックは再び引きつった笑みを浮かべて小さく心の中でため息をついた。
「いや、問題はないけれど……これ強かったでしょう?」
「? いや、普通に倒せましたけど……」
白亜は自分の普通が周りと違うことを自覚するべきである。




