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「え、とりあえず欄がいっぱいになるまで書いたんですけど……」

 通された奥の部屋は応接間になっていた。10畳ほどのスペースの真ん中に机があり、ソファが横に並んでいる。


 一般的な応接室だ。壁には草花が入ったカゴがいくつかぶら下がっている。


「こちらにどうぞ」

「ああ、はい……」


 促されるまま座ると、先ほど提出した紙を机に置き、


「これに嘘はないですね?」


 と聞いてきた。


 いくつか隠していることはあるが、嘘は何一つ書いていない。


「嘘はついてないです」


 素直にそう言うと、顔が普通の男性は右手で軽く頭を抱えた。


「ところで、どちら様ですか?」

「あ……申し遅れました。エヴォックと申します」


 エヴォックという名前にシアンが反応した。


『ここの経営者の方ですよ。わかりやすく言うとギルドマスターです』


 当然と言うべきか、エヴォックと聞いてもあまりピンとこなかった白亜は軽く目を見開く。


 登録しにきたばかりの新人にギルドマスターが出張ってくることなど普通ならまずない。


(ここまで特徴ないギルマスっている……?)


 いや、白亜は白亜だった。それよりもギルドマスターの顔の普通さに驚いているらしい。普通に街中で見かけても背景の一つとして忘れられそうな影の薄さがある。


「一つ、いいですか? 詮索はあまりする気は無いんですが、この特技欄、意味がわからないんですが」

「? 何かおかしいですか?」


 特技欄には何を書いたらいいのか最初わからず、受付の人に聞いたところ『鍵開けだったり料理だったり弓術だったり、依頼で役立ちそうならなんでも大丈夫ですよ』と言われたので、とりあえず、


「楽器演奏、鍵開け、武術、剣術、弓術、緑魔法、料理、変装……ってなんですか? どんな依頼受けるつもりですか?」


 戦闘系なのか非戦闘系なのかもわからない上に選んだものが謎である。


 ちなみに緑魔法とはこの世界でいう植物を操る魔法を指す。これに関してはあらかじめ天照大神から聞いていた。


「え、とりあえず欄がいっぱいになるまで書いたんですけど……」


 謎ラインナップだったのは思いついた順番に書いていったかららしい。白亜らしいというか、なんというか。


「これ適当に書いたんですか⁉︎」

「……適当ですね」


 大抵のことができる白亜からすると適当である。


 その後もいくらか話をした後で、エヴォックが立ち上がった。


「もう、よくわからないので……一回見せてもらってもいいですか?」

「? はい」


 白亜の回答があまりにも雑なので、実際に見て判断するらしい。


 というのも、白亜はエヴォックの質問に対して「多分」を存分にフル活用したため、冗談で特技欄に書いたのか真面目に書いたのかの判断がエヴォックにはつかなかったのだ。例えば、「君、剣使えるの?」という問いに「多分、使えます」と基本的に全部の言葉に多分をつけた。


 実はこれには少し理由がある。この世界の『できる』レベルがわからなかったのだ。


 白亜の世界では『そこそこ強い槍使い』がこの世界では『子ども並みの弱さの槍使い』ということになってしまうかもしれないと思ったのだ。そのため白亜の「多分」という発言は、「こっちではわかんないけど俺の世界では通用するから多分大丈夫」というニュアンスを含んでいる。


 もちろんそんな言葉足らずすぎる白亜の言に気付けるほどエヴォックは白亜のことを知らない。ジュードあたりなら気付けるだろうが。


 そんなこんなで『こいつ特技詐称してるんじゃね?』と若干疑いの目を向けられつつも移動したのは奥にある運動場だった。運動場といってもちゃんと整地されている訳ではなく、草も結構生えているのでどちらかというと野原である。


「それでは緑魔法を見せてもらいましょうか」

「何をすればいいですか?」

「そうですね……じゃあ、あそこにある的に傷をつけてください。緑魔法を使うのであれば方法はなんでも大丈夫です」


 十数メートル先にある的を指差してそう言われ、白亜はいつも通り無詠唱で魔法を使った。


 右手を軽く出して、くい、と人差し指を動かした瞬間、的付近の地面から異常な速度で竹が生えてきて的を数個飲み込んで吹き飛ばす。コンマ1秒ほどで的を木っ端微塵に破壊した竹は高さ10メートルくらいまで伸びてから動きを止めた。


「これでいいですか?」

「……? これ、何やったの……?」

「生やしただけですけど……あ、物理破壊じゃなくて切り刻まなきゃいけませんでした?」


 そう言うが早いが白亜はパチンと指を鳴らす。すると竹の葉が猛烈な勢いで射出され、残っていた的を粉微塵に切り刻む。地面に到達する前にただの葉に戻るらしく、的以外は何も傷ついていない。その葉はすぐに新しいものが生えるので、魔力が続く限りほぼ無限に打てるのである。


「全部壊しました」


 さらっとそう言う白亜に、エヴォックは若干引き攣った笑みを浮かべた。


「ああ、うん……凄い魔法使いだね……」

「? 私、魔法使いって言いました?」

「どういうこと……?」

「いや、個人的に剣士で登録しようと思ってきたんですけど……」


 自分の魔法が結構使いにくいことを白亜はよく知っている。殲滅に特化している白亜の魔法は強いのだが、洞窟などで使うと崩落の恐れがある上に、広域の魔法が多いために仲間がいると一気に使用範囲が狭くなってしまう。


 最近魔力を制御する方法を学んでいるので、かなり操作は上達しているが、正直使いどころに困ってしまう魔法も多い。


「あ、剣……じゃあ、君が出したやつを叩き切ってもらっていいかな? 的なくなっちゃったし……」

「はい」


 運動場の端に練習用の刃を潰してある剣を見つけたので、それを使う。


 白亜は竹に向かって剣を振った。この前やったペンで石を切るときと同じ感覚で振ると、全く抵抗なくスパンと竹が切断できた。


『成長を感じますね』

(そうだな)


 リズミカルに竹を切り倒し、エヴォックの元へ向かうと、エヴォックは更に表情を引き攣らせていた。


「終わりました」

「それ、刃がないやつだと思うんだけど。なんで切れたの?」

「? 刃がなくても剣じゃないですか」

「……あ、そう……」


 もう追求するのはやめたらしい。


 エヴォックはその後登録を認めると、白亜が「じゃあ適当に簡単そうな依頼やってみます」と出て行ったのを見送ってからソファに座り込んで『どう考えてもこの町の勢力バランスを崩しそうな人を登録してしまった』と若干後悔していた。

 エヴォックは初心者向けの依頼を扱うギルドマスターですが、裏ではこの町全体のギルドの権力の調整をしています。一つのギルドに大きな戦力が偏ったりしないよう、常に目を光らせています。

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