「なんで接着剤あれば全部解決すると思ってんだよ……」
欄丸が目を逸らしながら机の上のノートパソコンを指差す。
いや、正確には、ノートパソコンだったもの、だ。
見るも無残に大破している。画面はバキバキにヒビ割れ、キーボードは殆どが抜け落ちて行方不明、そして画面とキーボードが永遠の別れを告げている。
簡単に状況を説明するならば『真っ二つ』という言葉が最も正しい状態である。
「何が、どうなって、こうなったんです?」
ただ落っことしてしまったくらいの壊れ方ではない。もうどう頑張っても再起不能だ。
白亜ですら完璧に直すのはかなり難しいだろう。直すより買ったほうが早い。
【ええと、それに関しては私から説明します】
ふわりと屋根から飛び降りてきたライレンが苦笑いを浮かべている。
その様子を見て、欄丸がライレンに恨みがましい目を向けた。
「居たのに、空き巣を止めなかったのか」
【ちゃんと何かあったら止めようと思ってましたけど、美織さんたちが居たので】
この中で白亜のことを1番わかっているのはライレンである。
屋敷には白亜の魔法が厳重に張り巡らされていることも知っているし、空き巣の実力も大したことがないとわかっていたので基本放っておくことにしておいたのである。
留守番としてはあまり役に立っていない感じがしないわけでもないが、今回の場合、最も正しい行動を取ったのはライレンである。
白亜は自分の結界が早々簡単に壊されるとも思っていないし、何より美織を危険に晒すことが最も怖いので、白亜としても屋敷に引きこもるなり一回退散するなりしてほしいところだった。
残念ながらと言うか、普段の訓練が役に立ったと言うべきか、欄丸と美織は白亜の教え通りに戦ってしまったのだが。
「それで、何があったんだ」
【ええとですね……】
ライレンの話を纏めるとこうである。
まず、学校が休みだった美織は、暇を持て余して欄丸に悪戯を仕掛けに行った。
その悪戯というのが、大地の部屋を掃除しに来る欄丸を、机の陰に隠れて待ち伏せして驚かす。という可愛らしいものだった。
料理は壊滅的だが掃除はできる欄丸に、白亜が細心の注意を払って掃除しろと言いつけている場所である。
大地の部屋は高価なものはあまりないのだが、仕事の道具が結構たくさん置いてある。
壊れやすいものもあるので、気をつけなければならない。
ただ、大地の部屋は二つあって、こちらの部屋は仕事部屋として使っている。もう一方の私物置き場になりつつある部屋は、高価なものも多いので白亜が掃除している。
美織は、欄丸が掃除するのは仕事部屋だけと知っていたので、仕事部屋で隠れて待機していた。
そして、掃除しにきた欄丸を驚かすことに成功した。
成功、したのだが。
脅かす時に机を軽く蹴ってしまい、上に乗っていたものが落下した。
それがこのパソコンである。
このタイミングではまだ、画面が割れた程度だったらしい。
電源も付く状態だったのだが、割ってしまったことに焦った欄丸と美織はすぐに修復を試みる。
当然のごとく、不可能だった。
魔法が使える白亜でもなければ、何の道具もなく直せるはずがない。それ以前に、二人には機械に関する知識がまるでなかった。道具があったところで直せるわけでもない。
そしてこの状態でやめておけばいいのに、美織が混乱した頭でとんでもないことを思いついてしまった。
いや、この場合は思い出してしまったという方が正しいだろうか。
美織は「昔は機械を叩いて直していた」という、どこでそれを聞いたんだと思いたくなるようなネタを思い出したのだ。
正確には『昔の機械は接触が悪く、動作がうまくいかなかったので叩いて無理に接続させていた』ということなのだが、小学生と狼にはわからなかった。
その結果は、目の前の真っ二つPCである。
なんでここまでやってしまったのかと頭を抱えざるを得ない。
「それで、なんで接着剤なんだ」
【くっつければ直るかもとでも思ったのでは?】
「なんで接着剤あれば全部解決すると思ってんだよ……」
それ以前に色々と破損して無くなっている。
部品が見つからないのに何をどうやって接着するつもりだったのだろうか。
白亜は小さくため息をつく。
軽く画面が割れてしまったくらいなら、白亜の魔法でなんとかできた。だが、ここまで悲惨な状態だと、外側は直せても中身が直らない可能性がある。
データのバックアップをしっかり取っているのならいいのだが、それがなければ中に壊れていないデータが残っているという奇跡を信じるしかない。
それに問題なのはこれが白亜のものではないことだ。
「旦那様……電子機器に弱いんだよなぁ……」
『バックアップ、取ってないでしょうね』
「取ってたらそれこそ奇跡かも……」
大地は、とことん電子機器に弱かった。
この家にある家電や、電子機器は全て白亜が設置したり使用したりしている。
仕事上必要な場面もあるのでたまにパソコンで仕事をする大地だが、使い方がわからないと白亜を呼び出したのは一度や二度ではない。
会社では秘書の阪口が色々とその辺りのサポートをやってくれている。滅多に声を出さない阪口だが最近結婚したからか、ちょっとだけ喋る回数が増えたらしい。
だが、本当にちょっとだけらしいのでバックアップの取り方など聞いていないだろう。
白亜も大分前に教えたのだが、多分覚えていない。
電子機器の操作になると、大地は一週間で使い方を忘れてしまう。普通に重症である。
携帯くらいならなんとかなるが、それ以外がからきしなのだ。
「そ、その、リシャット……それ、直せない?」
「……やるだけ、やってみますが。ここまで壊れているとなると、内部データがなんとも……。期待はしないでください。あと、欄丸と一緒にしばらく床に正座しててください」
「はい……」
最も簡単なのはこれがこうなってしまう前の時間に飛ぶことなのだが、残念ながらこれが壊れた時には白亜はこの世界に入ってきてしまっていた。
同じ存在が二つ、同時に在ると後から来た方が消えてしまうので、それはできない。
「タイミングが悪かった」
昨日壊していたのならなんとかできたのだが。
本当、面倒なことは重なるものである。




