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神隠しのクリスマス 白亜side

 メリークリスマース!


 毎年クリスマスを一人で過ごす龍木です。日本でのクリスマスは当日よりもイブの方が盛り上がってますよね。


 毎年恒例? になりつつ? あるクリスマスの番外編です。

 夜なのに昼と間違えそうなほど明るい街並みに、目をチカチカさせながら歩く。


 ここ数日は街の装いも、家も、人もクリスマス一色だ。


 クリスマスケーキを売っているのがミニスカートのサンタ服を着た若い女性ということに毎年違和感を感じる白亜をよそに、街路樹は眩く光り、クリスマスソングがあらゆる場所で延々と流れ続ける。


 白亜からすれば、音が混ざって酷い不協和音になるのでちょっとやめて欲しい。


 せめてやるなら一曲を同じタイミングで流してほしい。ジングルベルだけを永久に流してくれるならそれがいい。


「こんなもんか……」

『去年はクリスマスをこちらで過ごして、皆様残念がられていましたから』

「ああ、二人が口喧嘩してたやつか……」


 去年、ジュードとリンが白亜に何をプレゼントするかで延々と口論を繰り広げていた。


 他人事だと思って見ていたらヒートアップした二人のとばっちりを食らって後半は白亜が説教を受けていた。


 やれ白亜が着飾らないからこっちが用意するしかないだの、貴族の会話を聞き逃して何度面倒ごとになったかだの、金回りの書類提出が遅いだの、色々と言われた。


 段々と白亜に対する愚痴を披露する場になっていったのは言うまでもない。


 白亜は基本いい人なのだが、極端に面倒くさがり屋なのでやりたくないことは本当にやらない。


 仕事も結構選り好みする。正直、選り好みしても問題ないくらい依頼はくるのだが、あまり体裁はよろしくない。


 白亜に頼んでも中々仕事を受けてくれないならと顧客が離れかねないからだ。


 やると決めればほぼ完璧にこなすので、そんなことは多分ないが。


 ただ、コネクション作りの一環として頼んでくる者もいるので、別におざなりにされても問題ないと思っている人も多い。受けてくれたら儲けもの、くらいの感覚で申し込んでくる者もいるのだ。


 それにいちいち対応していたら時間がかかって仕方がないので厳選は必要なのだが、白亜の選ぶ基準が『面白そうか否か』なのでそれ以外のことは何も考慮しない。


 清々しいほどの自分本位である。流石は天然記念物。


 とは言え、あまりにもマイペースな時はシアンが止めるのでバランスは取れている。


「さて、戻るか」


 両手の荷物を懐中時計にしまって、転移魔法を発動した。







 一瞬の浮遊感の後、ちゃんと着いたことを目を開けて確認する。


 去年のこともあり試験的にこちらの世界でもクリスマスを導入したからか、イルミネーションは街を彩っている。日本と違うのは、光っているのはLEDライトではなく氷の中に魔法を閉じ込めた小さなオーナメントが木にぶら下がっているところだろうか。


 別に導入するつもりもなかったし、白亜はクリスチャンでもなければ、キリストの生誕を祝おうとも広めるつもりもなかったのだが。


 いつの間にか配下が広めていた。なんだかいろんな場所でいろんな設定が入り混じってもう原型をとどめていない。


 『サンタクロースという謎の若い女性が夜中に家宅侵入をするので、明るいもので街を照らさなければならない』という意味のわからないお祭り状態である。


 一つなんとなく理解できるのは多分家宅侵入するのは白亜である。


 もう何が何だかわからないクリスマスになってしまっているのは確かだが、面倒なので白亜も放置している。


 とはいえ街は無駄なほどライトアップされていて、夜間の犯罪も激減した。


 元々白亜達が見回りをしているので滅多なことがないと犯罪など起きようもないのだが、ここ最近はめっきり少なくなった。


「いいこともあるのかもな、こんなわけの判らないイベントでも」

『屋台なども夜遅くまで開いていますしね。いよいよ休みが減りますよ』

「……」


 寝なくてもいいとはいえ、寝たいと思うのは人間の頃の癖である。


 昔は睡眠時間など不要だとすら思っていたのに、寝なくて良くなると逆に寝たくなるのだから人の心理状況って理不尽だ。


 そんなこんなで街を見て回っていると、急に地面が揺れた。


「っ! これ地震じゃないな……!」

【リシャットさん! 何かが来ました!】

「何かってなんだ!」

【わかりません! とにかく来てください!】


 どこかに居るであろうライレンの声だけが届く。実際の音ではなく魔法的通信手段を使ってきたので、シアンにライレンの場所を探らせる。


『中央の広場です!』


 コンマ1秒でライレンの居場所を突き止めたシアンの座標を頼りに転移をした。







 ハクアの街、中央広場。


 普段ならかなりの人影が行き交うその場所に、異様な人物が立っていた。


 白が好きです、と周りに公言しているつもりなのかコートからブーツ、マフラーに至るまでほぼ全ての持ち物が真っ白な出で立ち。


 目は淡い青色で、髪はほとんど黒だが一部が濃い藍色に染まっている。額にはなぜかスキーの時に使うようなゴーグル。


 こんな人物、見たことがない(・・・・・・・)


 この街は娯楽をメインに提供しているため、基本的に白亜達が許可しないと入れない仕組みになっている。


 娯楽を楽しむ場所でそれこそ犯罪が起こったら困るからだ。そのため、白亜が知らない人はほぼいないと言っていい。


 正確には、白亜が把握していない人も多くいるがシアンが全てのデータを持っているのでシアンが知らないはずがないのだ。


『データなし。未登録です』


 ということは。


「……この街の、初めての侵入者ってわけか」


 白亜の魔法を掻い潜り、ここまで誰にも気付かれず入り込んだ方法を、なんとしてでも暴かなければならない。


 安全のため、もし抜け道があるのならすぐにでも塞がなければならないのだ。


 慎重に距離を詰める。手をアンノウンに触れておくのも忘れない。


 白亜が近付いてきたのを察して侵入者も白亜に向き合う。警戒しているのは目線でわかった。


「この街に何の用ですか。未登録で入れる筈はないでしょう? 誰かの手引きにしろ、侵入にせよ、この街のルールに則り、取り調べは受けていただきます」

「………?」


 一応貴族の可能性もあるので丁寧に話しかけたら怪訝な表情だ。


 そして侵入者はボソリと呟く。


「%&#@*……?」


 なんて言ったのかまるで検討つかない言語で喋った。


「ん……? 何語?」

『わかりません。他世界の言語の可能性が大きいです』


 蝙蝠でも犬でも何言っているのか理解できるシアンでも判らないということは、この世界はおろか白亜も全く知らない世界の言語の可能性がかなり高い。


「まぁいいや……とりあえず連行するか……」


 白亜の考え方は相変わらず物騒だった。侵入されている時点で相手は罪に問われるので別に法律上の問題はないのだが。


 さっさと捕まえるが吉、とばかりに最短距離でアンノウン片手に突っ込む。


 先端から気力で作った鎖を出し、慣性を利用して軽く叩きつけた。軽くとはいえ、白亜の膂力。普通に受けたら気絶どころでは済まない大怪我を負いかねないのだが、死んでなきゃ魔法で治せるだろうと楽観視している白亜はいつまで経っても手加減を覚えない。


 広場が多少の返り血で汚れるかと周りが事後の心配をし始めた頃、突如なにか硬いものがぶつかり合う硬質な音が響き、白亜の手が止まる(・・・・・)


 全員、目の前の状況に一瞬固まった。


 白亜の攻撃を、侵入者はどこからか取り出した盾で受けきっている。


 ジュードですら受ければ数秒間は腕が痺れて剣も持てなくなる勢いのそれを、受け流すでも避けるでもなく完全に受け止めて平然と立っている。


「………受けきった?」

「#$%&……」


 侵入者は盾を構えたまま何かしら呟き、額に乗せたままだったゴーグルをはめた。


 だが不自然なのはその構え方だ。見たところ盾しか持っていない。


 あれでは攻撃は不可能だ。しかも構えているのは体の三分の一ほどしか隠れないカイトシールド。両手で持って攻撃を受けるにはあまりにも不向きである。


 侵入者の行動に戸惑う。攻撃する気がないのだろうか。


 それともこれは陽動で、先に非戦闘民を避難させた方がいいのだろうか。ここから居住区まではそれほど遠くない。攻め入ろうとしているのなら、ここから離れるのは得策ではないかもしれない。


 だが、攻撃を受けきったところを見ると、相当の手練れだ。並の戦闘力では歯が立たない。


 騒ぎになり始めていて野次馬も集まってきた。侵入者が彼らを人質にしないとも限らない。


「某が行こう!」

「ダイ⁉︎ いつの間に⁉︎」


 いつの間にか野次馬に混じって近くまで来ていたダイが得意の雷をお見舞いする。


 青白い雷はダイの右手からまっすぐに放出され、


「#$%@*」


 なぜか侵入者の目の前で真上に逸れて天へ駆け昇っていった。


「なぁっ!」

「……そりゃ、魔法の対策くらいするわな」

「某の魔法……最近本当にいいところない……」


 がっくりと落ち込むダイだが、単純な魔法なら効かないことがわかっただけで十分な情報だ。


 白亜が魔法が効くかを試そうとすると、破壊系統の魔法が得意な白亜がぶっ放せば広場が壊滅しかねない。


 効果範囲もある程度絞ることができ、その上でかなりの威力のあるダイの雷魔法を試せたのはラッキーだった。


「いや、ナイスファイトだ。あとは俺がやる。周りの避難誘導は任せる」

「うむ……」


 渋々引き下がったダイに変わって、白亜がアンノウンを改めて構える。


『どうするつもりだ? そなたの攻撃も、通っていなかっただろう』

「腰が入ってなかったからな」

『広場を修復可能な程度に留めておいてくださいね』

『シアン……もう諦めているのだな……』


 修復可能でも半壊はするのかもしれない。


「行くぞ!」


 アンノウンの先端から刃を出して侵入者に切りかかった。


 常人では目でも追えない速さのそれを、侵入者は頼りない大きさのカイトシールドで受け流す。傷もほとんど付いていないところを見ると、何らかの魔法がかかっているだろうか。


 ぶつけた衝撃で火花が散る。


 侵入者は受け流しているが、腕が少し震えたのを白亜は見逃さなかった。効いていないかと思ったが、やはり衝撃は伝わっている。


 受け流されたことで重心が逸れ、白亜の顔面目掛けて膝蹴りが迫ってきていたが咄嗟に体を捻って軌道を変え、アンノウンを地面に突き刺して急制動をかける。


『普通の武器でやったら折れるぞ……』

「ごめん、お前ならいけると思って」


 アンノウンに文句を言われつつ、一旦距離をとる。


『攻撃するつもりがないのかと思ったら、意外と肉弾戦派みたいですね』

「ああ。あそこで膝出してきたら大抵大怪我だな」


 白亜だから避けられたものの、普通の人なら斬りかかって流されてそのまま相手の膝に顔面めりこませて終わりだ。


 避けられると分かっていたのか、侵入者は即座に切り返して盾を構えたまま突っ込んできた。


 飛び退いた体勢で攻撃をまともに喰らえば大した威力ではなくともバランスを崩して倒れかねない。白亜もすぐに地面を踵で蹴って前傾姿勢に強引に戻す。


 白亜からすれば、侵入者は遅いくらいだ。動き一つ一つがそれほど速い訳でもない。


 身体能力には大きな差があると言っていい。だが、やたらと硬いのだ。


 防御に関しては白亜と同等以上かもしれない。


「「ぅっ……!」」


 白亜が切り返したことにより、至近距離で互いの一撃を正面から受け止めることになった。けたたましい金属音を鳴り響かせながら両者が激突する。


 あまりの勢いに足場の石畳が大きく割れ、辺りに飛び散る。


 衝撃を受けきれず、両者が大きく仰け反った。


 そこを白亜は見逃すほど甘い性格をしていない。


 相手に対し大きく勝るスピードでもう一撃、今度は蹴りで応戦した。仰け反ったまま、背中側から倒れる勢いを利用した掬い上げるような一撃。


 咄嗟に侵入者も反応し盾を片手で構え直したが、元々体勢が崩れているので受け流せずそのまま噴水に突っ込む。


 盛大な水飛沫を上げて侵入者が水に落下した。


 少し遠くから見ていたダイが、蹴り上げたまま地面に倒れて寝転がったままの白亜を起こしにきた。


「流石だな、白亜」

「いや、直撃は躱された。盾でほぼダメージはカットされたからそんなに痛手になっているとも思えない」


 吹き飛びはしたが、多分わざとだ。距離を取るために踏んばらなかったのだろう。白亜の方が速いのだから悪くない判断といえる。


 その証拠に、水滴を滴らせながら侵入者が噴水から出てきた。


「……寒すぎや死んでまうわ……!」


 流暢に関西弁で文句を言いながら。


「え、日本語? あんた日本人か?」

「え? ……やっと言葉の通じる人おったと思ったらこの人かい」


 まぁ、侵入者の言も尤もである。今まで言葉が通じなくてどうしようと思っていて、やっと通じる人がいたと思ったら直前まで殺し合いをしていた人物なのだから。


 侵入者はガシガシと乱暴に頭を掻き、ゴーグルを外した。


「いや……なんかこのタイミングで言うのも何ですが、休戦しませんか? 正直自分、今の状況なにも分かっていなくて情報交換できるならしたいです。って言うかこんな外気温でびしょ濡れ状態でちょっと死にそうなんでせめて着替えさせてください」

「あ、ああ……そうだな。おとなしくしてくれるなら、別に」

「いやもう勝てないのはわかってるんで。殺し合っても生産性ないでしょう。殺されないならなにもしませんよ」


 侵入者は盾から手を離し、両手を挙げた。


 白亜はこの不審人物をとりあえず家に連れて帰ることにした。抵抗する意思がないのは、心の声を聞けば分かった。








「----で、気づいたらそこにいました」


 とりあえず本当に凍え死にそうなほど震えていたので、まず侵入者を風呂に入れてやってから話を聞くことにした。


 話を聞くと、どうやら仕事中に突然転移してしまいここに飛ばされたらしい。


 どんな状況だと思わないわけでもないが、白亜が見る限り嘘を言っているようにも見えない。


「仕事はなにを?」

「所謂情報屋ですね。後は必要に応じて色々と副業を」

「情報屋って儲かるのか?」

「いや、全然。自分の場合は傭兵も兼ねてるところがあるので何とかやっていけてますけど、庶民向けの情報ばかりを取り扱っているので単価は低いです」

「へー」


 途中から雑談会になり始めた。


「え、VRの? そんな高度なゲームがあるのか?」

「昔はむしろ現実世界との差が激しすぎるってんであんまり売れなかったらしいんですけど、ヘルメットタイプのものからヘッドホンタイプのものになってから見た目もカッコいいってバカ売れしたんですよ。そのお陰であらゆるゲーム会社がVRに本腰を入れ始めて、今ではかなり技術が進んでます。触覚や視覚はもちろん、嗅覚や味覚までもが再現されてます。まぁ、食べ物の味ってのは完璧には再現できなくて、ちょっと味気ない感じにはなっちゃうんですが」


 もうただの趣味の話である。


「合唱でハモりなのに減5度急に下がるとこがあって、すっごい音取りづらくて、しかもそれが試験曲で」

「ああ、長調の曲でそれは難しいな。ピアノの音は参考にできなかったのか?」

「ピアノがこれまた短2度上なんでむしろ聞きすぎると外しかねないんですよね」

「なるほど」


 そして二人とも元々音楽をやっていたという話になってからはほぼその話になった。


 久々に結構細かいところまで話すことができて、多分両者嬉しいのだろう。


 小一時間自分がやったことのある試験曲の話をしまくってなんか疲れた。


「そういえば……名前、聞いてなかったな……」

「あ。忘れてました。今はブランです」

「俺は白亜だ……」


 互いの名前を知ったのは、出会ってから3時間後のことだった。


 日が沈んで相当な時間が経っており、人間なら腹が空く頃だろうと思った白亜がブランに食事はどうするかと聞く。


 もう関係はただの友人になっていた。


「いや、勿体無いんで遠慮させていただきます。自分、食事はほとんどとらないんですよ」

「どうやってエネルギー摂取してるんだ?」

「あー……まぁ、いいか。自分人間じゃないんですよ」


 言うが早いが服を捲って脇腹を見せる。そこには赤黒く何かの痣が浮かび上がっていた。


 シアンがそれに反応し、白亜の右目になんの痣なのかという分析結果を浮かび上がらせる。


「魔力の凝り?」

「見ただけでわかるとか凄いですね。これ、鬼に共通して出る痣です。魔力が強いせいでうまく流れずに留まる箇所があるんですよ。場所は毎日変わります」


 鬼、とブランは言った。


 だが、ブランと白亜の知る鬼族は大きく違う。もしかしたら、そもそもシステムが違うのかもしれない。


「鬼に見えない」

「ああ、鬼っていうのはハッキリとした種族があるわけじゃないんです。あらゆる種族の中で偶然産まれる特殊個体が種として数を増やした場合、その種族を鬼と言うんです」

「つまり、突然変異種のことを鬼って言うってことか?」

「そんな風に思ってもらえれば。もうちょっと複雑なルールがあるんですけど、面倒なんで説明省きます」


 と言うことは、ブランは人間から変異した鬼なのだろうか。見た目完全に人間だが。そう思って聞いてみると、


「自分は吸血鬼です。翼人族から派生した種族ですが、自分の場合ヒト成りなんで元は人間です」


 また知らない単語が出てきた。


「ヒト成り?」

「あ、すみませんそこは省いちゃ駄目ですよね。こっちでは血が濃さによって段階的に分かれていて、血が薄い人程多種族に染まりやすいんです。人間という種族は血が最も薄く、生まれがそもそも稀少な鬼族はかなり濃い血を受け継いでます。血が薄い種族は、血が濃い種族と魔力を交換するとその種族に成ることができます」

「えっと、つまり……?」


 話を聞いてもよくわからない。


 その後懇切丁寧に教えてもらったら、ようやく仕組みが分かった。


 どうやらブランの世界では種族によって血の濃さというものがあるらしく、種族によって濃さが違うらしい。


 血が濃いものほど特殊な力を使えたり、力が強かったりするそうだが、そもそも個体数が少ない上に何かしらデメリットを背負うことがあるそうだ。ブランの場合は血を一定期間飲めないと餓死するらしい。魔法を使う度にそれを補給する必要があるので、魔法は極力使わないようにしているのだそうだ。


 血が薄いものは種族的に弱い場合が多い。だが、より上位の血の濃さを持っている者に特殊な魔法を使ってもらえればその種族になることができるらしい。人間がかなり血の薄い種族なので、望みさえすれば獣人にも鬼にもなることができるのだそうだ。


 血の濃さが離れていれば離れているほど成功しやすいので人間がこの魔法を使うことが殆どで、その方法で多種族になることをヒト成りというらしい。


「でも、失敗する可能性の方が高いです。半々くらいの確率で両者死ぬので正直これやる人はバカですね」

「え。ブランはやったんだろ?」

「はい。だから自分はバカです」


 失敗する可能性が高いのに、なぜ鬼になったのかという疑問は言い出せなかった。


 そうこうしていると、不意に扉が数度ノックされる。音でジュードだと分かった。


「師匠、いいですか?」

「ああ」


 部屋に入ってくるジュードに目を向けたブランが小さく声を出して驚いていた。


 その反応に、白亜がジュードに目配せするとジュードは首を振った。どうやら知り合いではないらしい。


 もう目線だけで会話できる。というか、白亜の微妙な表情をジュードが読み取ってわかりやすく反応を返してくれているだけだ。有能すぎる。


「どうしたんだ?」

「あ、いや……ちょっと知り合いに似てて。別になんでもないです」


 見るからに取り繕っているが、追求しても仕方ない。


 ジュードに向き合うと、ジュードは深刻そうな表情で数枚の紙を手渡してきた。


「今朝届いたんですが……師匠、これが何かわかりますか?」

「なんだこれ」

「わかりません。この家のポストに入っていました」


 ぐちゃぐちゃと書き殴られた何かの線。文字でも絵でもない微妙な不気味さがある。


 子供の悪戯だろうか。


 すると、横からブランが割り込んできた。


「すみません、ちょっと失礼。……ああ、これ凄い無駄な部分多いけどスクロールですね」


 そう言って、右手に左手を突っ込んだ。


「「!?」」


 異様な光景に白亜すら少し固まった。右手の手のひらが大きく裂けていて、そこに左手を躊躇なく突っ込んでいる。


「ああ、あったあった。これですよ」

「「!?」」


 しかもその裂けた手の中から一枚の紙を取り出した。広げたそれは、確かに見てみると落書きと類似するところが結構ある。


「っていうかその手何」

「え? これですか。体の中に物を溜めておけるっていう便利な力です」

「そんなアイテムボックス要らずな能力があるなんて」

「いや、これみんな使えるわけじゃないですよ? 多分世界中で数人いるかいないかくらいじゃないですかね」


 もうそれ殆どいないのと同義である。やはり便利なものはそうたくさんは生まれないのだろうか。


「この紙に魔力を流すと転送の魔法が発動するんです。けど、これもう使用済みですね」


 使用済みの転送の魔法が使える紙。なんか嫌な予感がする。


 そもそも転送魔法は転移魔法までとはいかないが相当困難な魔法だ。使える人は極限られる。


 だがそれはこちらの世界の常識だ。ブランの世界でも同じとは考えにくい。つまり、最悪誰もが転送魔法を使えると見た場合、悪事を働き放題だ。なぜならこの世界では転送や転移魔法は一般的ではないため、そのあたりのガードが緩い。


 対策を施している人など殆どいないと思っていいだろう。


 そんな世界で転移魔法を好き勝手使われたら大抵のものは盗み放題だ。そしてこの世界で滅多に使えない転移魔法を使える存在は白亜しかいない。当然容疑は白亜に固まってしまう。


『早急に対処すべき案件ですね』

「ああ。急いで捕まえた方がいいかもな」


 シアンと話してそう方針を決めたところに、またブランが口を挟んだ。


「これ、多分こっちの世界の人が発動してますね。魔力がおかしな方へ流れてる」

「どういうことですか? というか、どちら様ですか?」

「あ、申し遅れました。ブランです。先ほどの質問ですが、自分のいた世界の人がスクロール使ったらこんな風に線が歪んだりしないはずなんですよ。多分これ無理にこの世界の人が魔法を使ったんだと思います。なんていうか、この世界の魔力ってなんか質が違うんですよね」


 ブランのその言葉に、改めて考え直して。


 あり得る可能性を模索したら嫌な予感がさらに増えた。


「どうしたんですか師匠?」

「……別に」


 もし。もしもあの白亜の父を自称する某神が遊び半分でブランの世界の物を持ち込んで、遊び半分で作動していたら。


 ブランの世界の物がこちらにあることも、白亜が来訪に気付かない事も納得がいく。他世界の神が入ってきたら流石に白亜も気付くし、ましてや知らない魔法を使われでもすれば街の警報が作動する。


 それをさらっと掻い潜ってお遊びできるのは、この世界そのものを操るあの某白亜が嫌っている神くらいだ。


 神々のトップたるエレニカならできない事もないかもしれないが、やる理由がない。それに少し前に部下だという自分の息子に仕事しろと引き摺られて帰っていった。多分暫くは来られないだろう。


「……考えれば考えるほどあいつのせいな気がしてきた。ちょっと行ってくる」

「どこに⁉︎」


 ジュードの疑問を聞き流して、チカオラートに会いに行った。


 白亜が到着すると、チカオラートとジャラルは優雅にワインを飲み交わしていた。


 その光景に意味もなくイラッとしつつ白亜はチカオラートに歩み寄り、低い声音で、


「おい、俺の街で変な事してないだろうなぁ……?」


 半ば脅している。


「君、毎度思うんだけどなんでそんな威圧的なの?」


 そう言いつつ、口元がにやけているチカオラート。


 そして得意げに机にひと束の紙を置いた。そこには先ほど見たものに近い模様が描かれている。


「いや、スクロールって初めて書いたんだけど、うまくいかなくてね。いろんな世界の魔法の仕組みを調べてみたら比較的簡単そうな世界を見つけたからそこのを真似して作ってみたんだ」

「まさかとは思うが。……練習しただけだよな?」

「いや、何回か試したけど何も起こらなかったよ。でも結構頑張ったことを知らせたくて君の家のポストに入れておいたんだ」

「………」


 とりあえず、白亜はチカオラートを軽くぶん殴った。


 もっとボコボコにしてやりたかったが、ジャラルに止められたので一発しか殴れなかった。


 そしてすぐに家に戻った。


「あ、師匠。お帰りなさい。結局どこに行ってたんですか」

「チカオラートのとこ」

「え?」


 そんな気軽に行っていいものなのか? と頭をひねるジュードを放っておいて白亜はブランの座っている椅子の目の前まで近づく。


「ブラン」

「どうしました?」

「すまない。今回の件、こっちに非があったみたいだ」

「へ?」


 詳しく経緯を話すと、ブランはケラケラと笑った。


「いや、別に白亜さんが気にすることじゃないですか。神様の悪戯なんて面白いこと皆に自慢できますよ」

「本当に申し訳ない。うちの馬鹿甲冑野郎が馬鹿やったせいで迷惑かけた」


 事の発端は、ブランが不運なことにチカオラートに転送されてしまっていた事だった。


 あれでも神である。多少お遊びでやった事が世界線を超えて干渉し、偶然人を呼び出してしまったのだろう。


 本当、不運である。


「思いがけないクリスマスプレゼントってことにしておきますよ。このことは一応黙っておきます」

「そうしてくれると助かる」

「ええ。そうしておきます」


 ブランは自力では帰れらないらしく、白亜が元の世界へと送った。


 到着すると雪がちらついており、まさにホワイトクリスマスだった。


「白亜さん」

「ん?」

「また、会えるといいですね。いつか」

「……ああ。今度はちゃんと予定立ててな」


 最後に、気になっていたことを訊いてみた。


「関西弁が素じゃないのか?」

「……そうですね。素はもっと乱暴ですよ」

「別に、取り繕う必要ないだろ。俺はそれでいいと思うけど」


 ブランはその言葉にキョトンとして、小さく笑った。

 読んでくださりありがとうございました。


 今回のお話は私が投稿している別作品『吟遊詩人だけど情報屋始めました』とのコラボになってます。


 コラボしすぎ? ネタがないんです! 許してください!


 今回のコラボのブラン視点のものは『吟遊詩人だけど情報屋始めました』に投稿しているので、良ければ読んでみてください!


 良いクリスマスを!

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