『呼ばれた、ということは第三者の介入が?』
流すべきところに、必要な量だけ、正確に。
ただ一つ、この修行は白亜にとことん不向きだった。
まず、魔力量が多すぎるのだ。
白亜は常人とは比べものにならないほどの魔力を持っている。
普通の人が水筒としたら、白亜は貯水タンクだ。コップ一杯ギリギリまで水を注ぐのに水筒と貯水タンクのどちらが適しているのかは、一目瞭然である。
ほんの少しの魔力を注がなければならないのに、気を抜くと過剰に使ってしまう。
魔法なら使用魔力が過剰でも普通に発動するので問題はない。
そのため魔力を節約するという根本的な意識が足りていないのだ。
「大変そうだねぇ」
エレニカの反応はまるで他人事である。何かアドバイスしてくれればいいのに。
『おひとつお聞きしたいのですが、よろしいですか?』
「お? 君は……精霊の類じゃなさそうだね。能力が進化したのかな?」
『そんなものです』
エレニカは初めてシアンに話しかけられて何やら面白そうなものを見つけたとでも言いたげな表情になる。
「それは凄いや。で、聞きたいことって?」
『何故、教えてくださるのですか?』
エレニカはシアンの問いにきょとんとして、
「……見込みがあるって思っただけだよ?」
何かおかしいか、と問い返す言い回しだ。
シアンはその答えにどうやら納得しなかったらしい。
『では質問を変えます。何が目的ですか?』
一瞬、白亜の目線が手元の包丁からエレニカに向いた。
それに関しては白亜も気になっていたのだ。
たとえ見込みがあると思ったとしても、何かしら利益がないのなら教え損だ。
この包丁を作るために海底火山まで行ったと話すくらいだから、そこそこ手間もかかっているのは間違いない。
それなのに飽きもせずこうやって世話を焼きにくるのは何故だろうか。
「目的? うーん……強いて言うなら暇つぶしかなぁ」
『「はい?」』
つい、白亜まで聞き返してしまった。
ここまで堂々と「暇つぶし」だと言える人はそうそういない。
「人間でさえ人生の敵は退屈だ、なんて言う人いるじゃないか。たった数十年で死んじゃう種族が。地球でも何十年だか何百年だか昔に感覚を遮断する実験やって、3日くらいでなんか幻聴とか幻覚とか見るってことが証明されたんでしょ? 俺が覚えている限り、最も古い記憶では何もない世界で何年も何年もただ生きてた時期もあったけど、キツかったよかなり」
チカオラートが言っていた。エレニカは原初より存在する神だと。少なくとも、チカオラートの知る限りでは最も永く生きているのだと。
エレニカと同じ時期に生まれた存在は、何故か今はどこにもいないのだと。
白亜はそれが気になって、エレニカに聞いてみた。エレニカほど生きている神はなぜ居ないのかと。
「あー、居たよ。昔はね。そもそも君が参加した会合、あれは異なる世界の神々が情報交換をしようと集まったのが最初で……あれをやろうと言い始めたのは俺じゃないんだ。俺も最初のメンバーには入ってたけど」
会合、なのだろうか、あれは。
おそらくエレニカと初めて会った時の集まりのことを言っているのだろうが、終始謎のパーティーだった。
「その人はどこへ?」
「さぁねぇ……どこかに呼ばれて、皆帰ってこなくなっちゃった」
『呼ばれた、ということは第三者の介入が?』
「何もわからないんだ。ただ一つ言えることは、何らかの条件を満たした場合に呼ばれるということ。多分どれだけ世界を作ったか、だね」
エレニカは少し寂し気に語った。
エレニカにとって『皆』とは、どんな相手だったのだろうか。
「俺はもし呼ばれても行く気はない。皆に会えるのだとしても。今が俺にとっては一番大切なものなんだ。これに勝るものは何もないと思ってる」
静かにそう告げるエレニカに、もう『なぜ』とは聞けなかった。
数十分後、客室の扉がノックされる。
ノックの音で誰かを判断した白亜はすぐに扉を開けに行く。
「師匠? 居ますか?」
「ジュード、悪い、客人が居るって言い忘れてた」
あまりにも包丁の扱いに熱中していたせいでジュードに客がいることを伝えるのを忘れていた。
「お客様ですか?」
ジュードのその言葉に反応したのは白亜ではなくエレニカだった。
「お、君がお弟子さんかな? 初めまして、俺はエレニカ。白亜君の……お父さんの友人? 上司? みたいなものです」
「え、あ、はい。ご丁寧にありがとうございます、ジュード・フェル・リグラートです……?」
急に挨拶されて微妙に戸惑いながらも自己紹介するあたり、白亜より人の対応に手馴れている。
白亜に目線をちらと合わせてどういう状況なのか尋ねる。
「えっと、俺の……師匠、みたいな?」
「へ? 師匠の師匠、ですか?」
「そうなる、んだと思う。多分」
それを白亜から聞いたジュードはエレニカをまじまじと見て深く頭を下げた。
「不躾だとは重々承知しているのですが、僕と一戦交えていただけませんでしょうか!」
「「え、急に?」」
白亜まで珍しくツッコミを入れていた。




