「種族柄、俺が火そのものでもあるからね」
包丁には三種類の魔石が取り付けてあり、それぞれ魔力を流すと特定の魔法が発動する。
エレニカの世界では魔法を封じ込める魔石はかなり希少な鉱石らしく、取るのに苦労したと話した。
「海底火山にしかないんだよ、それ。俺水の中でも生きられるから取ってこれたけど、普通じゃ中々お目にかかれない代物さ」
「そうなんですか……っていうか、これ常人には使えるんですか?」
「ううん。コツが要るから使えない人は一生使えないよ」
それ以前に魔力量がよほどの化け物でもない限り使えない気がする。
上級魔法を一日一発放つことができればベテランの域に達すると言われるこの世界では、白亜の魔力量は神格化前でも相当なものだった。
それから神格化し、魔力量も格段に増えたはずなのにその白亜ですら水滴をなんとか生成できるという結果しか出せない。感覚的には上級魔法数発分の魔力を使った気がする。
そんな白亜の魔力をエレニカは上回っているのだろうか。
「俺の魔力? うん。多分たくさんあるよ」
ちょっと雑な返答が返ってきた。
エレニカの世界とこちらでは同じ力を使っていてもシステムが違う。
もしかしたら、この魔石の求めている魔力の質が白亜のものとは全く合わないだけなのかもしれない。
「ちょっと魔力流してもらっていいですか?」
「え、ええ⁉︎」
この魔力の通らない魔石からちゃんと魔法を使えるエレニカの魔力の質を知りたくて、そう訊ねたら妙に驚かれた。
「君、そういうことはだね、200年くらい生きてから言うもんだよ、うん」
さすがは異世界の神々を纏める最高神だ。多分エレニカ的には「それを言うには5年早いわ!」くらいの感覚なんだろう。200年という年月をさらっと告げる。
人間だったら普通に死んでいる時間軸だ。
「なんか変なこと言いました?」
「え? ……ぁあ! そっか! こっちではそういう意味じゃないんだ! ごめんごめん、なんでもないよ」
なんか焦っている。
どうやらエレニカの価値観とこちらの価値観は少し違うらしい。魔力を流すことに何か特別な意味があるのだろうか?
「何かあるんですか?」
「え、いや、別に……そんなことより魔力流すよ」
しかも誤魔化された。
エレニカは白亜の手を掴むと、魔力を流し始めた。不死鳥だからだろうか、手も暖かいし魔力も暖かい。
「本当に火に特化しているんですね」
「種族柄、俺が火そのものでもあるからね」
不死鳥はその名の通り死なない。ただ、一生年を取らないということではなく、普通に年を重ねて寿命が来ると自らの炎で自らを焼き、その灰から新しい体を得て生まれ直す特徴がある。
転生を自分の意思で何十、何百と繰り返せる生物なのだ。
炎で命を繋ぐ、永遠の鳥。それがエレニカの種族の不死鳥だ。
エレニカの場合、神なので転生の必要はないらしい。だが、炎に強い適性があることは間違いない。
『魔力の質はもちろん違いますが、大きく違うというわけでもないですね』
エレニカの魔力を分析したシアンが分析結果を右目に表示する。
魔力の波長や特性は人それぞれ違う。これは誰でも当てはまるもので、血液型みたいなものだ。エレニカの魔力と白亜の魔力、違うところは多々あるのだが生物レベルで違うというわけでもない。
包丁を握って健闘してみたが、やはりそう大した魔法が出ない。
これではパスタなど作れるはずもない。
あり得ないほどの魔力量の白亜でこれなのだから、武具流とは恐ろしい流派だ。
白亜はそこでふと気がついた。
【常人にできるはずがない】ことに。
今更かもしれないが、白亜は普通ではない。そこに関しては白亜もなんとなく自覚している。
その白亜が精一杯やらなければできないほど大変な方法を流派の修行として使うだろうか?
修行とは、乗り越えられることを前提として作られる。その人の限界ラインを高めるために作られているものなのに、不可能な修行方法を教えるのはあまりにも非効率的だ。
例えるなら、ツルツルで掴む場所もなく岩肌は触れただけで崩れるとてつもなく脆い崖を素手で登れと言っているのに近いだろう。
ロープでもあればまだ希望はあるが、そんな崖を登れる人間など存在しない。
それこそ白亜ならなんとかできるかもしれないが、普通の人間には無理だ。
だが、これは修行の一つ。無理難題ではないはずだ。
「……これ、回路がおかしくないですか?」
包丁を見つめて考えていたら、とてつもないことに気がついた。あり得ないほどロスが出る魔法回路を使用している。
魔法回路は、魔力を効率よく流して魔導具などに送り込むためにある。だが、これではあまりにも非効率だ。
「そう。それに気づけたのなら、ほとんど問題は解けているよ」
エレニカが包丁を指差す。
改めて回路を見ると、ぐちゃぐちゃに絡まりあいお互いの回路をお互いが邪魔している。
重なって、分岐してを何度も繰り返している。それをシアンと共に検証していたら、白亜が見つけた。
「あ……わかった、かも」
慎重に魔力を流す。無駄な回路には魔力を流さず、必要なところに必要な量だけの魔力を送り込む。
チョロチョロと包丁の先端から水が出てきた。
「正解だ。これは魔力操作の訓練なんだよ」
エレニカがパチパチと手を叩いた。どうやら、またしても細かい訓練になりそうだ。




