「進捗、ですか」
「へぇー、思ってた以上に繊細な魔法を使うんだねぇ」
『そうですね……美しいです。……え?』
幻の星空を堪能するドラゴンのオルヴァ。
さらっと急に入ってきた声に普通に返事してしまった。
返事をしてから、聞き覚えのない声だったためにすぐに声のした方を向く。
赤い髪の見覚えのない人物が、感心した溜息を漏らしながら星空を眺めていた。
『ど、どちら様⁈』
「何者ですか!」
オルヴァとキキョウが身構える。なにせこんな近くまで来ているのに気配の一つも感じなかった。
とうの本人はそんな二人の臨戦態勢にも全く動じていない。
「いやぁ、ごめんごめん。つい」
というか、妙に軽い。
からからと笑うその姿は、かなり怪しい。
「……なぜ、ここに?」
「え? 暇になったから様子見に来たんだよ」
白亜の質問にも軽い調子で答える。
どうやら顔見知りらしいとみたキキョウとオルヴァは白亜に目配せをした。
視線に気づいた白亜が肩を竦める。
「この人は……説明しづらいんだけど、お客様扱いで。今、俺はこの人に戦い方を習ってるんだ」
「戦い方っていうか、一つの流派なんだけどね。よろしく、白亜君のお友達さん」
異世界の精霊神、エレニカだった。
急な来訪に若干戸惑いつつ住居へと案内する。つい先日に自分もアポなしで押しかけたことを忘れているらしい。
「いやぁ、急に来ちゃって悪いね。ちらっと進捗を聞きに来ただけなんだよ」
「進捗、ですか」
「そ。どれくらいできてるかなぁって。あ、これお土産ね」
エレニカはお菓子といくつか袋に入った種を白亜に手渡す。
「その種、こっちの世界にはない植物だと思うよ。繁殖力は低いから大丈夫だと思うけど、外には持ち出さないよう気をつけてね」
「わかってます」
外来種は周辺の生態系を崩す危険があるために、外から持ち込む場合は注意しいなければならない。
そこまで気を使うのなら持ってこなければいいのかもしれないが、エレニカが持ってきた物は薬の材料にもなる薬草なのだ。
これから先、どんな病気が蔓延するかもわからない以上様々な薬を調べておく必要がある。
それに白亜なら植物を操るのは十八番と言える。
ぼーっとしてさえいなければ種を外に流出させてしまうことはないだろう。
「それで、どう? 蝋石は」
パリパリとクッキーを齧りつつ、エレニカが訊いてきた。というか、本題に入った。
「まだ割れません……」
「そうかぁ、なかなか難しいかもね」
エレニカは出来るようになるまでどれくらいかかったのだろうとふと疑問に思い、訊いてみる。
「俺? ……どうだろう。蝋石を等分するっていう修行法を思いついたのは武具流作ってかなり経ってたからなぁ。もうその頃には感覚でできてたし。多分、武具流作ってからを考えたら……270年くらいかな」
スケールがでかすぎる。
そんなに待ってられない。流石は長命種だ。100年や200年はそう大した時間でもないらしい。
「気長にやればいいさ。君はまだ若すぎるんだ。焦ったっていい結果はついてこないぜ」
外見年齢的にはあまり差がなさそうに見えるエレニカだが、数百億年もの間世界を管理し守り続けてきたのだ。
その言葉には実感がこもっている。
「焦らない、ですか」
「そ。何事も急がば回れさ」
ゆっくりし過ぎるのも良くはないけどね、と付け足すエレニカ。
その後、白亜の蝋石を切る手先を見て小さく首を捻る。
「やっぱりやり方はあってる。何が邪魔してるんだろう」
「さぁ……?」
じっと白亜の手元を見て、
「ねぇ、一回目を瞑ってやってみて」
「え?」
「いいからいいから」
目を瞑ったところで何かが変わるとも思えないが、一応目をしっかり瞑ってペンを動かす。
視界を使わずに戦う訓練はしてあるのでお手の物だ。
「お、見てごらん」
目を開けてみてみると、できていた。
蝋石が綺麗に細かく切り刻まれている。大きさのバラつきもほとんどない。
「なんで」
「だから手を抜けって言ったんだよ。君の場合、集中しすぎたんだ。目を瞑るという動作は日常ではあまり長い間は続けない物だ。でも君は慣れてるだろう? 目を瞑った瞬間、少しリラックスしたんだろうね。余計な力が抜けてるよ」
それだけ。本当にそれだけのことだった。
天然記念物の白亜も多少は緊張していたのだろう。無意識かもしれないが、体に力が入っていたらしい。
あれだけ困り果てていたのだが非常に呆気なく、第一の課題をクリアした。
「ま、これで君はもう蝋石を割れるってことでいいよね。じゃあ次の課題。パスタを茹でるんだ」
「……」
お料理教室ではないはずなのだが。




