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「相変わらずえげつないなぁ」

 ヴォルカのハンドサインは独特だ。


 誰に教わったわけでもなく、ただ必要だったからその場その場で適当に作っていった方法をとったためだ。


 最初は『来い』や『止まれ』といった簡単なサインで済んだのだが、傭兵業を続けるうちにそれ以上に複雑な単語を素早くわかりやすく伝える必要が出る。


 仕方ないのでその都度追加していったら、もう傭兵団のメンバーでなければ全く理解できないものに仕上がってしまった。


 ヴォルカは右手の指を三本立てて二回振り、一度開いてから握り込み、人差し指を立ててくるりと回す。


 これは『標的は6体、魔法で混乱させてから叩く』である。


 見慣れているルギリアとシュリアであるからなんとなくわかるだけで、ジュードに同じことやっても絶対通じない。


 離れた位置からヴォルカの手を見ていたルギリアが親指と人差し指で丸を作り、四度振る。それをみたヴォルカが右手の指を四本立てた。


 『標的は寝ているのか』と確認したルギリアに『四体だけ寝ている』とヴォルカが返した形である。


 ヘンテコなハンドサインを使い慣れているのはヴォルカだけではないのだ。


 ヴォルカは役割としてはシーフだ。


 罠や鍵の解錠、斥候などを主な役割とする非戦闘員。


 戦えはするがカードを使うという特性上、あまり高温域では使いたくない。特にここは火口付近だ。燃えでもしたら最悪である。


 だから今回の場合は、誰がなにをやるか言葉を交わさずとも決まっていた。


「……行きます」


 一言、ポツリと呟いた白亜が開いた手をゆっくりと握った。


 その瞬間地響きがして辺りが揺れる。


 なにがどうなっているのか、ヴォルカははっきりと見えていた。


「相変わらずえげつないなぁ」


 ぐしゃりと、ドラゴンの体が握りつぶされている。勿論、巨大なドラゴンを握りつぶせるほど大きな手を持った生き物はほとんどいないだろうが、今回の場合は運が悪かった。


 シュリアの得意としていた重力魔法、それを真正面からなんの対策もせずに受けてしまえばドラゴンとてああなるのは道理である。


 シュリアの魔法はそれほどに効果が大きいのだ。


 前に説明したかもしれないが、シュリアは天才である。もっというならぶっ飛んだ天才である。


 一度見た魔法をほぼ『反射的に』模倣できる。理論や理屈を全て無視してただ結果だけをだすことができるのだ。


 簡単に言えば、見たことのない機械をほぼ勘で完璧に動作して見せているというのが近いだろうか。全てを計算で導き出そうとする白亜とは真逆の考え方なのだ。


 超マニュアル人間の白亜と超直感型人間のシュリア。なにがどうしてこうも真逆なのか疑問に思えるほど、同一人物であるはずなのに考え方がまるで違う。


 だからいまだに記憶が変に混じらないのかもしれない。


「さすがだ」

「これからなにがあるか分からないから、気を抜かないでね」

「わかってる」


 先制攻撃……というより不意討ちである。


 だが、これも仕方ないと言えば仕方ないのだ。


 こんな場所に住むドラゴンはかなり危険な証拠なのである。


 そもそもドラゴンにも集落というものは存在するし、そこから出ている時点でかなり危険なのである。集落を出ているドラゴンは大抵追い出されたケースが多いからだ。


 ドラゴンは強さを重んじる生物だ。だが、どうしたって犯罪人には自分の命を預けたくないというのが全種族の共通認識なのは間違いないだろう。


 特に数の少ない稀少種族になってきたりすると、自分の命を守ることは種の存続に関わることになるのだ。そのあたりの判定は余計にシビアである。


 逆に言えば、追い出されている時点で『それほどやばいことをした』か『同族に嫌われている』のどちらかを満たしているということになる。


 同族に嫌われればこの世で生きていくことは困難を極める。


 だから集落で問題を起こさないことを徹底しているドラゴンの方が多いのだが、たまにそういった枠組みからも離れるドラゴンがいる。


 そういうドラゴンは話が通じないことがほとんどだ。


 人間を食べ物としか思っていないドラゴンすらいる。


 そのため、はぐれの個体を見つけたらその都度倒すのは暗黙の了解になっている。


 冒険者もはぐれに遭遇したくないのだ。はぐれでも生きていけていることは、強いというのが確定しているからである。

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