『マスターは、真っ直ぐ過ぎるのですよ』
手際よく夕食を作りながら、未だ断ち切れない過去の自分の姿と思いに苦笑する。
色々あって亜人戦闘機側と日本側(主に白亜)で共闘したこともあったし、向こうからの謝罪も幾度となく聞いた。
それが表面上の謝罪ではなく、心からのものであるということもわかっている。
だが、憎悪は未だ心の奥で燻っている。
向こうにも事情があったのは理解しているし、どうにも避けられないことだったのも。
それでも、理性を大きく上回る両親を殺された怒りが消えてくれない。
『まだ、悩まれているのですか?』
白亜の心を読み取ってシアンが話しかけてきた。
この話は地雷になることが多いので、シアンもこの話題を避けていたのだが。今回は珍しく1歩踏み込むらしい。
「……悩んでいるのか、これは……。もう、倒すべき敵は倒したっていうのに、なんかスッキリしない」
フライパンの中身を菜箸でかき混ぜながらため息をつく。
もう戦う意味もないはずなのに、エレニカに弟子入りしたこともそうだ。
どこかまだ、終わっていない。そんな気がして仕方がない。
『どうしようもないですからね。ご両親を生き返らせる術でもあれば、別なのでしょうが』
「ああ……それは、無理だからな」
血を飲めば不老不死になれるという伝説もある不死鳥のエレニカにも風呂に入っているときに聞いたが、生き返らせる手段はないとハッキリと言っていた。
『そもそもエレニカ様の血を飲んだところで、不老にはなれるかもしれないが不死にはなれないと仰っていましたしね』
神として高位の、しかも傷や病を癒すことができる種族のエレニカでさえ不死は実現不可能らしい。
本人数百億年生きているらしいので不老でも十分な感じはするが、ほんの何十年か前に一度本気で死にかけたと言っていた。
理由は部下の裏切り。
あれだけの力がありながら殺されかけることもあるのだから、白亜も決して他人事ではない。
「まぁ、俺の部下は裏切らないと思うけど……」
『大半が家族ですからね』
家族。白亜だった頃に一度すべて失って、今ではかなりの大所帯になっている。
来るものを拒まないのは、失って一人になるのが怖いからなのだろうか。白亜自身ですらわからない。
「家族がたくさんいるのは、嬉しい。けど、あの時一番大切だった家族は、もうどこにもいない」
ジュード、リン、ダイ、キキョウ、ルナ、チコ。この人数からどんどんと増えていってひとつの組織みたいになっている。
騒がしくも飽きない日々がずっと続けばいいのにと白亜も思っている。
今の生活はとても満足している。少々忙しくはあるが、生き甲斐のある毎日だ。
一日一日を惰性と憎しみで過ごしながら、虎視眈々と亜人戦闘機を殲滅することだけを目標にしていたあの頃とは違うのだ。
だが、それでも。
一度壊れたものを全くの傷もなく修復することが不可能なように、一度空いた穴が完全に塞がることはない。
大好きだった両親が居なくなったという事実はその後の幸せな日々で埋められるものではなかった。
『マスターは、真っ直ぐ過ぎるのですよ』
「わかってるさ」
火を止め、皿にフライパンの中身を盛り付ける。
次の料理にとりかかりながら目を伏せた。
「……わかってるさ」
エレニカからの宿題である蝋石の分割は、一週間経ってもうまくいかないままだった。
ここまで白亜が苦戦することもそうそうない。
珍しく考え込んでいる白亜を見て「師匠もあんな風に出来ないことで悩むことがあるんだ」とジュードは溢していた。
白亜の悩みごとといえば、予算の遣り繰りとか貴族からの面倒事とかである。
なんとも普通な悩み方をしている白亜に少しだけ驚いた。
よくよく考えてみれば一体なにに驚く必要があったのかもさっぱりわからないところである。
「俺のやり方が悪いのか? だとしても一体どう直せばいいのか」
分割の仕方自体は間違っていないはずだ。
エレニカもやり方はあっていると言っていた。
問題は力の使い方だと。それが正直白亜にはよくわからない。
石の声を聞いて、これ以上ないほど完璧に割っているつもりなのだがどうも上手くいかない。
あの時見たエレニカの手本は完璧だった。どれだけ模倣しようとしてもなにか足りないのだ。
「シアンのサポートがあっても出来ないんだ。なにか秘密があるのかもしれない」
シアンとのコンビで出来ないことなど殆どないと言っても過言ではない。
サポート特化のシアンに、抜群の理解力と運動能力を兼ね備えた白亜の二人にはあらゆる国が警戒している。
正確に言ってしまえばシアンは能力なので白亜一人を警戒しているというのが正しいのだが、白亜一人で戦うのとシアンの援護ありで戦うのでは大きく結果が異なる。
とてつもないことに、シアンがいるだけで作業時間が半分以下になるのだ。戦闘であっても魔法の補助や障壁の展開などを請け負ってくれるので、守りがより堅くなる。
シアンが敵の情報を分析し、どう動くか指示をし。白亜がそれを実行しつつ臨機応変に対応する。
手を組むとかなり厄介なのでジュード達と行う普段の訓練では、シアンは一切口出ししないというルールすらあるほどだ。
「シアンが見抜けないなにかがあるのかも」
『それに関しては同意します。あのときの動きをコピーしても同じことができないというのは少々不可解ですから』
ということで。
「え? やり方をもう一回聞きたいって?」
「はい」
エレニカのもとをアポなしで訪ねた。




