「まぁ、コンロ要らずなのは楽だね」
エレニカの家は最早家と呼べる代物ではなかった。
「神殿……?」
『とてつもない大きさですね……』
入り口からして、横幅だけでトラック十数台並んで入れるくらいの大きさがある。
エレニカが鳥だからその大きさに合わせたのだろうか? と思った。正解は【黒歴史】である。
「流石は新参とはいえ時空神だね。空間移動があまりにも自然だったから気づけなかったよ。っていうか連絡してくれれば迎えに行ったのに」
異常に広い神殿を案内しながらエレニカが笑う。
教えられた通りの場所に転移したら、なにか大量の書類を運んでいた天使に悲鳴をあげられた。
どうやら強盗かなにかだと思われたらしい。
それもそのはず、白亜はこの家の敷地内に直接飛んだのだ。
なんの連絡もチャイムもなしに突然現れた怪しい人物に警戒しない方がおかしい。
普通外からの客はエレニカが直接迎えに行くので、こういう事態にあの天使が慣れていなかったのもある。
「それは、すみません」
「いいよいいよ。俺も怒ってる訳じゃないしさ」
そう言ってエレニカが開けた扉の先は、庭に繋がるウッドデッキのある部屋だった。
壁際には棚があり、何かが入った小瓶が大量に置かれていた。
簡単なキッチンや食器等も用意されており、ここは庭を見ながら食事ができるスペースなのだとすぐにわかった。
机や椅子、壁紙は薄い緑と白をベースにした統一感のある部屋である。
こんな感じの部屋が欲しかった、と使用人根性が染み付いて庭弄りが趣味になりつつある白亜が考えるほどだった。
「部屋まで大きいかと思いました」
「……ああ、うん。大きい部屋もあるっちゃあるけど……あんまり追求しないで欲しいな」
なんでも、若い頃に「大きい方が多分小さいより良いだろう」という適当な考えで建ててしまったが為に管理とかが面倒なことになっているらしい。
若気の至りというやつである。
「屋敷精霊もいるんだけど……広すぎるからなんとかしろってむしろ文句つけられてて」
下級精霊に文句をつけられる神とはこれいかに。
中に入ると、白亜は壁際に並べられた瓶の中身が何か気が付いた。
「あれ、ハーブティーとかコーヒー豆とかですか?」
「そうだよ。君も好きなんだよね? つい最近まで色んな世界旅して回ってて、美味しいと思ったやつを集めてるんだ。飲んでみるかい?」
「是非」
瓶のラベルには手書きで色々と書き込んである。
白亜は香りを嗅いだりしながら瓶を物色し、暗い桃色に染まっている瓶を持ってきた。
「これ、見たことないです」
『データにもありません。鑑定結果もでません』
エレニカのところへ持っていくと、
「ああ、それね。レクーランっていう花だよ。かなり遠い世界の固有種だから君が知らないのも無理ない」
レクーラン。聞いたことも見たこともない花だ。
エレニカが一旦庭へ行って、小さな鉢植えを持ってきた。
「これがレクーランだ。冬に咲く花なんだけど、球根で増える。枯れかけのときが一番いい香りになるから、葉っぱが茶色くなり始めたら花を収穫するんだよ」
「茎や葉は使わないんですか?」
「これは使わないね。ちょっとえぐみがあるんだ」
赤い綺麗な花だ。花弁の大きさがバラバラで、一本の茎に数個咲いている花はどれも少しずつ違う。
エレニカの言によると、同じ形の花は二つとしてないらしい。朝顔みたいに花弁がくっついているのもあれば、薔薇みたいに重なっているのもある。
「これが雪原にひっそり咲いてると、とても綺麗なんだ」
「確かに」
真っ白な地面にこの赤い花がポツリと咲いていたら、とても綺麗だろう。
「この花は温度が低めの方が香りが出るから、少しぬるめでいれるね」
水をいれたポットを右手で持つ。何をしているのかと一瞬首をかしげたが、それを注ぐのをみて納得した。
お湯になっているのだ。どうやら不死鳥であるエレニカは体温で物を熱することができるらしい。
「便利ですね」
「まぁ、コンロ要らずなのは楽だね」
苦笑しながら口をつけるエレニカ。白亜も淡いピンク色に染まったお茶を口に含んだ。
思っていたより酸味が強い。かといって酸っぱいというわけではない。蜜の匂いも漂ってくるので、蜂蜜を入れても喧嘩しないだろうな、などと考える。
「どうかな?」
「美味しいです。ローズヒップに近いですかね?」
「あー。確かにそうだね。酸味はそれに近いかも」
白亜が懐中時計から出したお菓子を食べながら、なぜかゆったりとティータイムと洒落込んでいた。
目的を忘れている。
『マスター。ここに何をしに来たのかお忘れですか?』
「あ。そうだった。本題」
指摘されなければただお茶して帰ってしまうところだった。
忘れかけていた白亜はエレニカに改めて修行のやり方を訊く。
「蝋石の切り分け……まぁ、難しいと言えば難しいよね」
「どうやればいいのか、行き詰まってて」
見せて、と言われたのでいつもやっているみたいにペンで小さく柔らかい石を切り刻む。
だが、やはりどうしても個数は完璧でも大きさにばらつきが出てしまっていた。
「そうだな……」
レクーランティーの入ったカップを傾けながら何か思案げに視線を巡らせる。
どうやらエレニカはなにか考えるとき目が泳ぐらしい。白亜は瞑ってしまうのだが。
「この前も言ったけど、君は声を聞きすぎるんだ。ここだ、と思ったら多少強引にでもやり通してみればいい」
「でも力入れると蝋石が歪んで」
「そこだよ。歪むことを恐れているから力がうまく込められてないんだ」
エレニカが空中に蝋石を放り投げて、目の前に来たタイミングで等分に切り分ける。
こんな風に適当でも意外となんとかなる。と笑って。
「失敗を怖がってたらいつまでたっても先へ進めないのさ。さぁ、もう一個やってみよう。今度は雑に」
白亜の方へ新しい蝋石を放り投げながらそう言った。




