『凄まじいですね』
エレニカが先導しつつ、広い廊下を進んでいく。
「この屋形船、昔日本で見掛けてからちょっと面白いかもと思って作ってみたんだけど……なんか色々と改造しているうちに凄いことになっちゃって」
なんかすごいこと、というのは確実に広さである。
白亜もここに着いてから服が出来上がるまでかなりの時間歩き回ってみたが、まだまだ行けていない場所も多い。
まるでどこかのテーマパークみたいである。
「この船って普段はどうしてるんですか?」
「俺の家で保管してる」
「保管する場所あるんですか」
「若気の至りってやつかな……家が物凄い大きくて。まぁ、作ったの俺なんだけど」
要するに黒歴史に近いらしい。
シアンがそれに気づいたので白亜にエレニカの家の大きさのことは追求しないようにと伝えた。
「ああ、ここだよ。ここなら思いっきり剣を振れる」
扉を開けると、タイル張りの闘技場みたいなのが部屋の中央に鎮座していた。
本当、どれだけでかいんだこの船は。
「コロシアムみたいですね」
「あー、確かに。そうかも。出たことあるの?」
「はい。弟子が参加してて、偶々観戦してたら成り行きで参加させられて」
「災難だねぇ……」
小さく笑うエレニカ。
笑ってはいるがあまり愉快そうではない。
「なにかあったんですか?」
「うーん……俺にも色々あったからね。ちょっと思い出しちゃっただけ」
かなり高い舞台上へさして苦労もなくスッと上がる二人。
身体能力的には、明らかに差が開いているわけではなさそうだが、あのジャラルをして「僕は絶対勝てない」と言わしめるエレニカだ。
一体どれ程強いのか。
神々の頂点の強さを、白亜は目の当たりにすることになる。
「それじゃ、武器はどうする? お互いかなり戦い慣れている感じあるし、一番得意な武器でいいかな?」
「はい。俺はこれで」
白亜は腰の村雨をカチンとならす。
「流石日本人って感じの武器だね。じゃあ俺はこいつで」
背に背負った大剣を指でさして意思表明をする。
「ルールは……一本勝負でどうかな?」
「はい。降参と言わせるか、気絶させるかでいいですか?」
「そうだね。あと場外も敗けで。そうだな……ジャラル君でいいか。審判頼めるかな? 危ないと思ったら全然入ってくれていいから」
とばっちりを受けるジャラル。
とはいえ勝負は気になるみたいだ。さして嫌がる様子もなく舞台に上がってくる。
「開始の合図はどうしますか」
「じゃあこのコインをジャラル君に投げてもらって、落ちた瞬間から開始で」
エレニカが青白く艶のある硬貨をジャラルに投げ渡す。
互いにある程度距離を取ったと見たジャラルがコインを構えて一歩前にでる。
「それでは、準備はいいですか?」
「はーい」
「うん」
軽い調子で答えるエレニカと白亜に苦笑いしながらコインを指で弾いて闘技場の端まで後退する。
コインはクルクルと回転しながら数秒宙を舞い、カツン、と音を立てて落下した。
「!」
「おお、反応早いね」
白亜は一瞬動けなかった。エレニカが、あまりにも速すぎる。
咄嗟に村雨で逸らしたが抜刀術で抜く速度とそう変わらない。
攻撃に使うはずの動きを防御に回さなければならないほど、攻撃が的確で、迅速だ。
「君面白い。ちょっと遊ぼうよ」
きしし、と若干珍しい笑い方をしながら巨大な剣を構える。
白亜はその剣の異様さに少しだけ目を見開いた。
刀身が、紅く透き通っている。
あれで斬れるのか、というか折れるのではないかと思う白亜だが今受け流した衝撃から考えてもしっかり武器として使えるらしい。
それと恐らくだが、異常に重い。受け流すのがやっとで、あれを受けきるとか絶対に無理だ。
身体強化系の魔法とか使えば別だが。
「……あの、魔法とか別の武器使うのはありですか?」
「え? ああ、それ決めてなかったね。いいよなんでもありで。俺はこいつ一本でいくよ」
ブン、と振り回して小さく笑みを浮かべるエレニカ。
正直言ってとんでもない。
白亜が持ちこたえられない武器なんてそれこそ数百キロとかのレベルではない。あの大剣は数千キロの重さはあるはずだ。
それを片手で笑いながらブンブン振り回している。
『凄まじいですね』
『ああ。これが最強か……』
しかもあんなでかい武器なのにトップスピードで突っ込んでくる。長柄の武器にしてはおかしい戦い方だが、それで意表を突かれて反撃もできなかったのは確かだ。
白亜は軽く片目を瞑って、シアンに解析を頼む。
右目に大量の情報が雪崩れ込んできた。それをシアンが整理し、分かりやすく纏めていく。
幸いにもここは手合わせの場。戦場ではないから、なにか準備をしていたら向こうも律儀に待ってくれる。
「そうか……」
シアンの解析結果をみて小さく息を吐く。
「準備終わったかな?」
「はい。いけます」
白亜とエレニカが同時に踏み込んだ。
速度的には武器の重さもあってからか若干白亜の方が速い。
だが、エレニカの行動はあり得ないほど無駄がない。剣の持ち方にしても踏み込みにしても、100の行動をすれば100の結果が返ってくるような完璧な力の使い方をしている。
白亜も負けていないはずなのだが、エレニカほど完全に無駄を削除できていない。
「はぁっ!」
「よっ!」
両者の丁度中間で大剣と村雨がぶつかる。
金属同士が立てる、かなりの音量の高音が部屋に響き渡り―――
「「ぐぅ……」」
何故か二人が一歩下がって座り込んでしまった。
「えっ⁉ なにがあったんですか?」
ジャラルが駆け寄ると、二人は既に武器をしまって耳に手を当てていた。
「「み、耳が割れる……」」
……どうやらこの二人。超至近距離で大音量の金属音を聞いてしまったがために耳が使い物にならなくなっているらしい。
せめてその辺考えて魔法とかかければ良かったのに、聴覚が鋭すぎてまさかのダウンである。
「……勝負は、どうするんです?」
「「降参で……」」
どっちも同時に降参。つまりは引き分けである。
……なんとも締まらない対決になってしまった。




