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「この提灯はなにか意味があるんですか?」

 白亜の前を悠々と歩く大国主大神。


 もう既に白亜は自分がどこに向かっているのか、行き先どころか帰り道すら解らない。


 これは別に白亜が方向音痴であることは関係ない。そういう道を進んでいるからなのだ。


 白亜本人が方向音痴であることは、まさにその通りなのだが。


 シアンがいるので迷わないだけで、一人だったら多分これまで結構な回数迷子になっている白亜である。


 マッピングは完璧に出来るのに地図がなかったら方向感覚を失うとはどうなのだろうか。


 ちなみに悪魔であるライレンは面倒なことになりそうなので置いてきた。悪魔の長がくっついて回る下級神なんて前代未聞、というか色々とおかしい。


「あ、そうだリシャット君。最初は挨拶回りだけど、やったことある?」

「リグラートでなら、弟子の挨拶回りに同行したことは何度かありますが……こっちでの礼は知りません」

「やったことがあるなら十分だ。礼の文化の違いくらい多目に見てもらえる」


 礼を尽くしているということは礼を知らなくてもなんとか伝わるものである。


 たどたどしい礼をするより、慣れているちょっと習慣の違う礼をするくらいの方がいい。もちろん、ちゃんとしたものが出来るに越したことはないが。


 その後数分歩くと突然景色が一変した。


「急に、景色が……」

「時空渡りは初めてかい? 時空神なら出来るようになっておくと便利だよ。まぁ、君の異界転移の方が難しいから多分すぐ習得できるさ」


 時空渡り、というのは白亜がよくやっている転移の簡易版に近い。


 白亜の転移魔法は転移先の状況や魔力量によって飛べたり飛べなかったりとかなり不安定な魔法だ。


 不安定なせいで事故が多発し廃れてしまった。それだけでなく、ただ単純に発動が難しいという点もある。


 白亜の場合は魔眼だったりシアンだったりがサポートするので今のところ大した事故になったことはないが、それでも海底遺跡の時のように飛びたくとも飛べない状況になったりする。


 だがこの時空渡りは、空間と空間に短い橋を架けて移動するということに近いことをする。


 デメリットとしては、少々時間がかかってしまうことだろうか。


 転移魔法はタイミングさえよければ一瞬で移動できるが、時空渡りはどれだけ近い距離でも必ず橋を渡るという動作が必要になる。


 たとえ一歩分左に動くくらいの距離でも数分歩かなければならないのだ。


 だが、この方法のいいところとしては、コストパフォーマンスがかなりいいのと、いきたい場所さえしっかりと理解できていれば移動できるという所だ。


 前者は基本無尽蔵に魔力があってそこまで転移魔法の消費に困っていない白亜には旨味が少ないが、後者は非常に役に立つ場合がある。


 魔眼がなんらかの不調で使えなくなっていたり、シアンとのリンクが切れている場合でも事故することなく目的地まで最短距離で向かえる。


 転移先の指定さえ失敗しなければ特におかしなことにはならないというのがこの方法の最大の利点だろう。


「……そうします」


 周りが、夜になる。


 大国主大神は赤い提灯を二つどこからか取り出して、一つを白亜に渡してきた。


「ここから先は迷いやすいからそれ持って。滅多にいないけど、極稀に人が入り込んでしまうことがあってね。帰すためにこの辺りは迷いの霧が立ち込める」


 所謂神隠しというやつだ。


 勝手に人が迷いこんでくるので別に神も好き好んで隠しているわけではないのだが。


「祭り、みたいだ……」

「そうそう。僕たちそういう賑やかなの大好きだからね。こうやってこっちの世界に作っているんだ」


 うっすらと立ち込める霧の向こう側には祭り時のような提灯がたくさん垂れ下がっている。


 どうやら今白亜が持っている提灯と同じものだ。


「この提灯はなにか意味があるんですか?」

「ああ、これね。あんまり意味はないよ。光ってるから離れても見つけやすいってだけ」

「そうですか」


 提灯そのものになにか魔法具的な役割があるのかと思ったが、別にこれは普通の提灯らしい。


「そろそろ着くよ。ほら」


 大国主大神が指を指した方を見ると、暗闇の中で一際明るく光っている船があった。


「屋形船?」

「そう。外から見ただけじゃそれほど大きいとは思えないけど、中はそれこそ君みたいな時空神が空間を広げて作っているからかなり広いよ」


 提灯を持ったまま船に入っていき、暖簾を潜ると異常に広いホールが広がる。


 この入り口だけで、ハクアの街の中央広場くらいはあるだろうか。


 もはや子供たちのアトラクションと化している白亜の墓碑を含めるとかなりの面積があるのだが、それと同等以上とは。


 学校のグラウンドくらいはすっぽり入るだろう。


「凄いだろう? ここから先は私室があるんだ。君の分はまだないから今日は僕の部屋に来なさい」


 そんな言い方をするということはこの場に呼ばれるのは今回限りというわけではなさそうである。


 少なくともこんな豪華な場所に私室を作らせようとするくらいなので一回二回ではないだろう。


 こういう集まりにはなれていない白亜は多少疲れた表情を作る。


 ジュードの師匠という立場上パーティーに顔を出す必要があったこともあり、少しくらいは大丈夫ではあるものの。


 元々の性格が天然記念物であるので何かしらやらかしかねない。


 その為そういった集まりは極力出ないようにしていた。本当に大切な場面くらいでしか出てこないので白亜が顔をだすパーティーは結構貴重だったりする。


 平民ということもあって、色々と肩身が狭いのだ。主に周囲が。


 白亜本人は、割りと気にしていない。というか、気付いていない。


 白亜本人ではなく、ジュードやリン達の方が恐縮してしまっているという状況、白亜は最近気付き始めた。


 ……他人の感情の機微に関しては、色々と遅い白亜なのである。

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