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「無いわけじゃないけど無いよ」

「俺は一体何をやってたんだ馬鹿馬鹿しい……」


 屋敷から脱走して三分後に自分がかなり馬鹿な事をしていることにやっと気づく。


 天然記念物が自分を客観的に見ることができるようになっただけ進歩だ。


「……帰るか」

「あ、リシャット君。今君のところに行こうと思ってたんだけど……なんでスリッパ?」


 そして何故かこんなところで大国主大神と遭遇する。


 かなりラフな格好の、割りとどこにでもいそうな人だったので一瞬気付かなかった。


「あ、いや、別に……何かあるわけではないです……」


 なんと説明すればいいのか迷って、面倒なので説明すら省いた。


「なんか凄いの持ってるね……あ、そうそう。君にこれを渡しに来たんだ」


 大国主大神が鞄から取り出したのは一通の手紙。


 白亜は花束を懐中時計にしまってからそれを受取り、指先で封を切る。


「それ、そんな簡単には開かないように出来てる筈なんだけどね……」


 もう白亜は色々とおかしいのだと、大国主大神も最近わかってきたらしい。


 そんな様子の大国主大神を横目に白亜は手紙を読み進め、軽く首を傾げた。


「なんです? これ」

「見ての通り招待状だよ。まぁ簡単に言えば君のことを紹介する場を設けようかと思ってね」


 日時や持ち物などが最低限記載されているが、一体なんの集まりなのか一切書いてない。


 そもそも誰が集まる場で、誰に白亜を紹介する気なのだろうか?


『もっと詳細な情報はないのですか?』

「来てからのお楽しみって事でどうかな?」


 シアンの疑問も軽く受け流される。


 白亜の思考はほぼシアンのそれと同一なので、白亜も似たようなことを質問するつもりだったが多分誤魔化されるだろう。


「拒否権は?」

「無いわけじゃないけど無いよ」

「………」


 もうそれ無いのと同義である。


 余程の理由がないと不参加は認められないらしい。


 しかもこれ、日時は。


「明日の昼から……。急ではないですか、流石に」

「だってあんまり事前に告知しただけじゃ君忘れるかもしれないでしょ」


 興味ないことにはとことん興味ない白亜である。


 確かにその通りなのでぐうの音もでない。


「それじゃあ、明日の朝10時過ぎごろに迎えに来るから準備して待っててね」

「え」

「また明日ー」


 颯爽と帰っていった。


 有無を言わさない徹底ぶりをみると、逃がしてくれそうにない。


 そもそも白亜は協調性があまりない。


 周りが合わせてくれてはじめて連携というものや会話が成り立つ、ある種のコミュニケーション障害者である。


 ジュードやリンは白亜の話すタイミングを熟知しているからこそしっかりと会話ができているだけで、たまに慣れない人と会話すると相当な時間沈黙が続いたり会話が破綻して意味わからなくなったりする。


 会話が破綻した場合はシアンに助けてもらうが、白亜は一人ではうまく会話できないのだ。


 一人で強くなってしまった報いなのかもしれない。


 人に教わらないので言うことも聞かない。


 昔はそれで良かったが、今はたまに困る。白亜も周りに馴染む努力をし始めていることの表れなのでいい傾向ではあるのだが。


「俺が集まりなんて、参加できるとは思えないけど……」

『紹介ということは恐らく同種の方々(神々)でしょうしね。失礼なことをしてしまうのは申し訳がないですから……』


 白亜がやらかすの前提で話が進んでいるが、正直白亜も自分自身の思考回路が人とは異なっていることを軽く自覚しているので黙る。


 とはいえ【軽く】自覚している程度なので、本人そこまでそれが重要なことだとは理解できていない。


「……仕方ない、準備しておくか……」


 ため息をつきながらスリッパで帰った。


 屋敷に上がる直前に浄化で綺麗にしたが、美織に帰ってきたことがバレて再びカメラで追い回されることになる。


 結果だけを話すと、白亜はスリッパを計四回綺麗にした。








 次の日の朝10時。予告した時間ぴったりに大国主大神が現れた。


「リシャット君、準備は大丈夫?」

「それは大丈夫ですけど……なんでこれを?」

「いや、君の力はちょっと異質だからね。紹介する人達には見てもらった方が早いと思って」


 白亜に持ってくるようにと伝えてあったのは、鉢植えである。


 白亜の魔法を使うための物だ。


 魔晶属性魔法は地面の底にあるコア(魔晶)の力を操れるという魔法だ。


 だからそれから栄養をもらっている植物や水、地面を自在に操れる。


 これは切り離しても同じで、地面に直接植わっていなくとも元々地面にあった土を使っているのならその中の植物も動かせるのだ。


 端的にいってしまえば、とりあえず植物はプランターだろうが野草だろうが自由に扱える、という力である。


 ただ動物はまた別だ。


「リシャット、行くのか?」

「ああ。留守の間は頼むぞ」


 どこかに行く、とだけ伝えられていた欄丸はとりあえずわかったと首を縦に振る。


 美織達は学校や会社だし、ヨシフ達はロシアに一時帰国している。なんでも仕事が入ったのだそうだ。かなり忙しいはずなので帰ればいいのに、一段落したらまた戻ってくるらしい。


 日本の家(というか別荘)を購入するかという話も出ている。


 ロシアのあの家はとりあえず放置されているが、多分キルサンあたりの誰かが勝手に入り浸っているだろう。仕事仲間全員があの家の合鍵を持っているので。


 プライバシーの侵害とかは特に考えられていない、かなりオープンな家である。


「じゃあ行ってくる。掃除と洗濯、水やりは忘れるなよ」

「わかった」


 食事の用意等は欄丸には任せない。


 そのあたりの信用が一切ないのは、未だに皿を日に一枚は割るからなのだろうか。

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