「命令!」
ちょっと短いです。
「まぁ、いいや……どうせ配るの身内だし……」
もう諦めるらしい。
欄丸はいつになったら買い物を覚えるのだろうか。所詮頭は狼である。
「たっだいまー」
「あ、お嬢様帰ってきた」
門のあたりから元気な声が聞こえる。
かなり家から距離があるが、白亜が聞こえているだろうと確信しての挨拶だ。
端から見たら誰もいないのにただいまと叫ぶ女の子に見えるだろう。
手を洗ってから玄関にでて出迎えをする。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。ねぇ、これ見て」
鞄から携帯端末を取り出して何かを見せてくる。白亜はそれを受け取って、瞬きを数度繰り返した。
珍しく戸惑っているらしい。
「……お嬢様」
「なに?」
「これ、なんです?」
一次選考を通過しました、とのメールだ。一番下にはリシャット・アルノルド様と名前が入っている。
流石に揮卿台白亜とは名乗れないので白亜は今でもリシャットと名乗ってはいる。
だが、一次選考とはなんなのか。
「リシャットが前に作ってくれた蜜柑のケーキあったでしょ?」
「……ああ、あれですか」
「そう。その写真をスイーツフェスタの運営に送ったの。そしたら、今度のバレンタインフェアのイメージ商品として採用したいって返信がきたのよ」
確かに、蜜柑のケーキは結構自信作だった。蜜柑のソースなんかも何種類も作って無駄なまでに飾り付けした。
結果、美織に軽く嵌められたらしい。
「もしかして、バレンタインのチョコレートを急にご所望だったのも」
「次の選考に送ろうと思って‼」
「残念ながらお店で売っているものを購入して参りました」
「えー⁉」
正確には、美織に渡すぶんは購入してきた、である。身内用はガッツリ作ってしまった。
しかも確り凝ってしまっている。美織に見つからないようにしなければ、と警戒しなければならないくらいには少し本気で作ってしまった。
「今から作ってよ」
「……購入したので」
目立つのが嫌いなのになぜわざわざそんなものに応募しなければならないのだろうか。暗にそう言っている。
美織は少し玄武に似ているところがある。白亜の凄さを周りに広めようとするところとか、特に。
「リシャット。これは誰のだ?」
「「あっ」」
欄丸が持ってきたそれは、今まさに白亜が作って完成したチョコレートの花束。
なぜこれを作った、と言われると正直に言えば「なんとなく」なのだが、実際は偶々チョコを湯煎しているときに聞き流していたテレビ番組で華道の特集をやっていたからである。
つけっぱなしにしていたテレビの内容で適当に作る白亜も白亜だが、クオリティは半端ではない。
様々な種類のチョコレートを白亜の気の済むまで存分に使用した花束は、無駄に豪華で美しい。
そしてそれを美織に見せてしまった欄丸。タイミングが悪い。
「「………」」
白亜と美織が暫し硬直し、美織が携帯を構えるのと白亜が欄丸から花束を分捕ったのはほぼ同時刻だった。
残念ながら身体能力の差が違う。白亜のスピードの方が美織を遥かに上回るため美織がシャッターを押したときには既にその場から居なくなっていた。
「ちょっとリシャット!」
「いけませんお嬢様。これは……違うのです」
「なにが違うのよ! それ絶対にリシャットが作ったやつでしょ! 貸しなさい!」
連写しながら白亜を追うが、如何せん白亜が異常に速いのでカメラが全くといっていいほど追い付かない。
一枚くらい写っていればなんとかして引き伸ばして解像度あげてやればいいのだが、白亜が異様に異常なのでカメラを向けた途端に背でガードしてくる。
あまりにもな速度で動いてしまうと周辺の家具や電子機器が落下したりしそうなので大分ゆっくり動いているのだが、それでも追い付けない。
「一枚! 一枚でいいから!」
「一枚撮ったら送るつもりでしょう。嫌です」
「命令!」
「棄却します」
「ケチ‼」
「ケチで結構」
とうとう白亜が逃げ切ってしまった。もう流石に追いかけれない。
美織はカメラを構えながらもゼェゼェと荒く息を吐いてその場に立ち止まる。
「別にいいじゃん、ドケチ!」
半ば叫ぶくらいの音量でその背に罵声を浴びせたが、もう白亜は反論してこなかった。いや、したかもしれないが聞こえなかった。
なにせただ写真を撮られたくないというそれだけで屋根づたいにどっか走っていってしまったのだから。しかもスリッパのままで。
白亜の割りと本気の逃走だった。ただそれだけの事に自分は何をやってるんだろうと後々で自問自答するはめになったのである。




