「相変わらず無茶苦茶しますよね師匠……」
「なんか、不安で頭いたくなってきました……」
「ただ魔法の効果が薄れてきただけかもしれないが……お前だけ先に地上に戻るか?」
「いえ、大丈夫です……」
奥へ進めば進むほど砂みたいなものが纏わりついてくる。後で調べようとちゃっかりサンプルを採取しつつ前を進む白亜ほど今のジュードに余裕はない。
修羅場を幾つも潜ってきた白亜みたいに誰でも図太く生きていけるわけではないのだ。別にディスっている訳ではない。
単に白亜は危険に慣れているだけである。
「ラメルは……こっちだ」
「白亜、ひとつ気になったのだがラメルの魔法が切れている可能性は無いのか?」
「多分それはまだ大丈夫。魔力反応があるってことは生きてるから。魔法が切れてたら水圧で即死だ」
……嫌な確認方法だ。
そうこうしている内に、白亜がピクリと何かに反応した。
「すぐ近くだ。そこにいる」
「……行きどまりですよ?」
「いや、魔力反応はある。ちょっと下がってくれ」
なんだか嫌な予感がしつつ、そっと迅速にその場を離れる二人。
白亜は壁に向かって構えを取り、数秒の溜めの後に思いっきりぶん殴った。
けたたましい轟音と共に無理矢理に流れを変えられた水流が滞ってぶつかり、あらゆるところで渦ができる。
こうなることをなんとなく予想していた二人は直ぐ様近くの岩を掴んで流されないよう耐える。
「ほら、いた」
「相変わらず無茶苦茶しますよね師匠……」
この人の近くにいると退屈はしないが苦労は絶えない。
白亜の怪力によって砕かれた壁の向こうには蜘蛛に似た巨大な生物がこちらを見て威嚇している。
「あれ、何ていう魔物ですか?」
「この魔力は知らん。ミミックの亜種か何かだとは思うけど。ダイは知ってるか?」
「……某も見覚えがない」
あらゆる書籍をほぼ全て暗記している白亜と、この世界でも相当長生きしているダイでも知らないということは、未発見のもの、或いは突然変異である可能性が高い。
「変異種なら厄介だな。どんな攻撃をしてくるか読めない」
「ラメルはどこに?」
「あそこだ。ミミックの真下辺り」
確かに、蜘蛛っぽい魔物の腹の下に何か転がっている。反応がないということは気絶しているのだろうか。
今、目の見えていない白亜がラメルの位置を把握できているということは生きてはいるだろうが、どの状態なのかはわからない。
「ジュード、ダイ」
「はい」
「なんだ」
白亜が二人の方を見てニッコリと笑った。
滅多に見せない白亜の笑顔に違う意味でドキッとする二人。白亜が笑顔になる時は極限られている。
嬉しいときか、本気でキレているときか。
今回の場合、明らかに後者である。白亜はキレると口調が急に早口になり、声色が数段低くなるが更に本気でキレると対照的に笑顔になる。
だが、恐ろしいことにその間ひたすら周囲のものを破壊し尽くす明らかに危険なキラーマシンに変貌するのだ。しかも満面の笑みで。
そんな場面に遭遇したら普通にトラウマになる。
ジュードとダイは一度だけ白亜が本気でキレて笑顔で周囲を破壊しまくっている場面に遭遇したことがある。
とある依頼での事だったのだが、人を拐って売り飛ばし大儲けした貴族にぶちギレた。
ただの人攫いなら何度も遭遇しているので、多分笑顔の破壊魔状態にはならなかっただろうが(それでもなんらかの制裁はあっただろう)その貴族の言い訳や態度に、プッツリと堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
両親を早くに亡くした白亜は、家族や友人を酷く大切に扱う。
助けられなかったという罪悪感が、相当なトラウマになっているのが原因だろう。
だからこそ許せなかったのだろう「お前の召喚獣を全て譲れ」発言を。
白亜にとってダイや玄武、召喚獣達はただの配下というより家族の扱いだ。
召喚獣の契約は他人に引き継ぐことも可能だが、本人の意思の介入なしにそんなことをするつもりは毛頭ない。
あまりにも上から目線、しかも召喚獣を道具としか見ていないその言葉にこれまでにないほど憤怒した結果その貴族の屋敷がまるっとこの世から消えることになった。
中に暮らしている人や動物には一切の害を与えず屋敷や金、道具等を一瞬で全て消し去った。
結果としてその貴族は借金奴隷になって、今は商人の元で下働きをしているらしい。
……白亜の怒りを買うと本気で天罰を食らうので恐ろしいものである。
そして今、あの時と同じくらいキレている。
原因は恐らく自分が操られたということより、キキョウやラメルに酷いことをしてくれた、ということだろう。
勿論、自分がジュード、ダイ、チコに敵対し、怪我を負わせてしまったという自己嫌悪もあるだろうが白亜はとりあえず自分より人が大切なので突然現れた敵を前に一瞬で沸点に到達してしまったらしい。
白亜は目の前の蜘蛛っぽい魔物の足を掴んで振り回し壁に叩きつける。大きく壁がへこみ、ヒビが入ってまた海流が大きく変わる。
そうすると白亜は突然、ギギギ、と錆び付いた人形が首を振るみたいにこちらに振り向き、笑顔で、
「……二人とも。ラメルを連れて、下がってなさい」
「「はいぃ!」」
敬語などほぼ使ったことのないダイまでもが即座にそう答えて地面に転がっているラメルを引っ掴み全速力で出口に向かった。
本日最高速度更新である。
何よりも白亜の本気が怖かった。
轟音と洞窟内に走る亀裂、蜘蛛っぽい魔物の絶叫。もうどう考えてもオーバーキルである。
出口から外に出た頃には、洞窟はほとんど崩れかけていた。
「「怖い………」」
もう人を操れるミミックとかより、白亜がやっぱり世界一怖いのだと改めて再確認した二人だった。




