「なんなんだこの異常な疲労感は……」
白亜が洞窟から出てきたのは、ラメル救出の二分後だった。
ラメルの魔法は幸いにもまだ危険な状態まで解除されてはおらず、麻痺毒で気絶はしていたもののそれ以外の外傷もなかった。
だが、水中でも活動できるという魔法の効果が切れかかると苦しくなると白亜も言っていたのでダイとジュードは先に水面に向かって移動を始めていた。
だから正確にいえば白亜と合流したのはラメル救出の三分後である。
その時には落ち着いたのか表情はいつも通り死んでいた。
海面から顔を出すと、白亜が懐中時計から簡易的な船を取り出したのでなんとかその上によじ登る。
正直、ダイとジュードは体力が限界に近かったので岸まで泳ぐ気力はなかった為、助かった。
「や、やっと地上に出た……」
「なんなんだこの異常な疲労感は……」
疲労感は八割がた白亜のせいである。
「……ラメルは無事か?」
「はい。あ、師匠の目、治しましょうか?」
「ああ……頼む。もう、あまり効かないかもしれないけど」
見ただけで痛々しいのが伝わってくる両目の傷に薬をかけるが、一向に治る気配がない。魔法も使ってみるが、殆ど効果が出ない。
色々と跳ね返してしまう白亜の体質のせいである。
「本当ですね。どうしましょう」
「朱雀にでも治してもらうさ」
とりあえず帰りたい。皆ため息をつく。
白亜の目が使えない以上、船を漕ぐか空を飛ぶしかない。今はどちらも億劫だった。
「どうする? ケートスでも呼び出すか?」
「……あまり、会いたくないのだが」
「そういえばあまり仲良くないですよね……」
白亜の配下、男爵位のケートスは【海】という意味を持つ【サラサ】という名前だ。ケートスは元々海に住まう神獣や霊獣の類いで、呼び出せば船を引いて泳いでくれるだろう。
だが、ダイと性格が真反対すぎてよく衝突するのだ。
ダイは大雑把だがサラサは几帳面な性格で、普段から適当すぎるダイにイライラしているようなのである。
一番下の男爵位、つまり召喚獣の中では若輩者なのであまりダイにも強くは言えてないのだが、年功序列さえなければ確実に小言を毎日溢しているだろう。
配下達の爵位は強さではなく白亜に傅いた順なので、爵位が下でもかなりの年配者だったりかなり強かったりもする。
事実、ケルベロスは伯爵位だが子爵のヨルムンガルドの方が年上で強い。
縦社会に助けられているダイである。
実は召喚獣の中でダイは最も強いが雑すぎるその性格のせいで一部ではちょっと嫌われていたりする。
そういう場面を見ると昔を思い出すのか白亜が悲しそうな顔をするので皆表向きには仲良く振る舞っているが。
「仲良く……ないのか?」
白亜のポツリと呟かれたその言葉に、ダイとジュードが過剰反応する。
「い、いや‼ そういう意味じゃなくてですね、なんというか、あの、ちょっとしたいざこざは誰だってありますよね、で、二人は結構多いですよねってだけですから」
「そ、そうだぞ白亜。某等は皆同じ志の仲間なのだからな、仲が悪いわけなかろう! 仲がいいほど喧嘩もするというあれだ、そう」
あまりにも必死に弁明するものだから逆になんか怪しくなっている二人である。
白亜のことを大切に思っているのは皆一緒なのだ。
家族なのだから。
少しでも白亜の悲しむ顔は見たくない。
「……なんでそんなに必死なんだよお前ら」
「「い、いや別に」」
首を横にブンブンと振る動きまでシンクロする二人。その様子に白亜は小さく笑って右の手のひらを海につける。
「じゃあ、自力で戻るしかないよな。しっかり掴まれ」
「「へ?」」
あまりにも急な白亜の行動に一瞬呆ける二人。
1秒後、白亜の手のひらから放たれた魔力で操られた海水が船を浮かせるほどの速度で放出される。
この船は帆もついていないただのカヌーみたいな形をしている。
それに白亜というロケットエンジンが付いたりしたら、当然のごとく吹っ飛ぶ。
「嘘ですよね⁉ 船が飛んでるんですけど⁉ これ着地とか考えてますよね師匠⁉」
「……海の上には落ちるんじゃないかな」
「なんだその適当すぎる回答は!」
普段から適当なダイが叱責するほど雑だった。
つまり、白亜もなにも考えていないのである。白亜はどうでもいいところで突然大胆になるから注意が必要なのである。
……今更注意したところでどうにもならないが。
「っていうかこれ着水したとしても船割れません⁉」
「ああ、確かに。魔法で強化しておくよ」
「なるほどそれなら安心……できんぞ。どうするんだこれ、というかどこまで飛ぶのだ」
目的の陸地は、今しがた真下を通りすぎていった。
今回のは雑にもほどがある。
「おい、白亜、どうしたんだ急にこんなの……」
「………」
「……白亜?」
突然沈黙した白亜の方を見ると、右手を船の外に投げ出す形で爆睡していた。
「白亜っ⁉ おい、寝るな⁉」
「えっ⁉ 師匠⁉ お願いします寝ないでください冗談じゃなくどうしたらいいんですかこれ⁉」
どうやら目の怪我などもあって相当消耗していたらしい。突然滅茶苦茶したのは、半分夢うつつだっただけらしい。
だが、本気でヤバイ。何故ならジュードもダイも空を飛ぶ魔力はもうない。自分一人ならまだしも白亜とラメルまで浮かせるなんてかなりの重労働だ。
ダイがもとの姿に戻ればなんとかなるかもしれないが、周囲の混乱を避けるため白亜からは余程の緊急時以外では人の姿でいることを強制されている。
ぽんぽんと竜の姿になってしまったら後々白亜だけでなく配下全員から責められることになる。
ギリギリまでもとの姿になるのはなしの方向でいきたい。
「あっ! ダイさん! あれです! あれを使いましょう‼」
「……あれとはなんだ?」
「えーっと、なんて名前の道具だったっけ……」
まさかの道具名をド忘れする。一刻を争うこの状況では笑い事にならない。
「あれですよ、あれ‼」
「全くわからんぞ⁉」
もうそろそろ落下しはじめてしまう。ダイは白亜が爆睡中というのが一番恨めしかった。この状況作ったのはお前だろ、と。




