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「静かだな」

「ただ、ひとつ言っておくけど……俺、ラメルを助けにいけないからな?」

「えっ? 来てくれないんですか」

「だって俺両目魔眼だし」


 魔眼で追えなくなったからそこに向かっているのだ。両目魔眼だと恐らく前が全く見えないだろう。


 魔眼にも善し悪しがある。両目ともそうだと余計にそれが顕著に出るのかもしれない。


「某がいけばいいか」

「チコもー‼」


 キキョウは海流の操作のため白亜と残ることになったので救出に向かうのはダイ、ジュード、チコの三人だ。


 結構珍しい組み合わせである。意外とダイとジュードが一緒に行動することは少ないので。


「っと、ここからが見えない」

「師匠にはどう見えているんです?」

「やけにぼんやりしている感じだ。ほとんど見えてない」


 ジュードは腰の剣に軽く触れつつ白亜の目の届かない場所へと入っていった。









 少し進んだところに洞窟を見つけた。


「これか。気を引き締めるのは大事だが、力みすぎるのは良くない。焦るのはわかるが慎重に行くぞ」

「わかってます」


 ダイの言葉に頷く。だが、その表情にはまだまだ焦りが見える。絶対の安心感をもたらす白亜がいないのも関係しているだろう。


 だが、これ以上ここで待つわけにも行かない。ラメルの様子が分からない以上、時間をかけるのは悪手だ。後手に回るのは避けたい。


「行くぞ」

「はい」

「うん!」


 頑丈なダイを先頭に、チコ、ジュードの順でゆっくりと進んでいく。


 どんどん暗くなっていくのでダイが白亜の作ったライトをつける。偵察用のライトで、足元を照らすだけで周囲に光が漏れにくい仕様になっている。


「どんどん水温が下がってきましたね」

「寒いー」


 チコがジュードの服のなかに入り込む。水が奥に行くにつれて暗く、冷たくなっていく。


「避けろっ」


 小声で入ったダイからの警告に即座に反応、その場から飛び退く。水中だからか動きが若干遅れ何かが足を掠めて飛んでいった。


 掠めたそれは鋭い痛みを発し、ジュードは一瞬固く目を瞑ることでそれを耐える。


 掠った場所からは血がどんどん流れだしており、周囲の水に混じっていく。


 白亜の魔法が掛かっていなかったら多分相当痛かっただろう。海水なので。


「大丈夫か⁉」

「なんとか。今何が飛んできました?」


 魔法で軽く止血をする。治している手間が惜しいからだ。


 あの白亜ですら警戒する洞窟だ。どれだけ念に念を重ねても損はない。


 今の攻撃は後ろから、つまり洞窟の外の方から来た。もし前に敵がいたら完全に逃げ道が塞がれたことになる。


 ジュードは息を整えて軽く目を細める。


 白亜は次元が違うが、ジュードも種族柄からか目が非常にいい。ほんの少し目に力をいれるだけでかなり遠くまで見渡せる。


 昔から遠距離の魔法や攻撃を得意とするエルフの特性なのかもしれない。


「……ぇ……?」


 人はあまりに驚くと声が出ないらしい。目の前の相手を見て、ジュードはそれ以上なにも言えなかった。








 時は少し戻って、ジュードと別れた白亜とキキョウは少し離れたところで水流を調節しつつ入り口を見張っていた。


 水流を普段とは別の方向に流すことで水棲生物をこの場に近付けずコントロールできる。


 別にどんな敵が来たところで白亜とキキョウのコンビに敵う筈もないのだが、面倒は面倒だ。会わなくていいなら会いたくない。


「静かだな」

「そうですね。妙です」


 ここまで音がないのは、逆に変だ。白亜の耳は異常なほど音を拾うのに長けているのだが、その耳が水の動く雑音しか拾わない。


 万物の呼吸を取得してから暫くは慣れなくてどんな音も声に変換してしまって、脳の使いすぎでのぼせたりしたが今では流石にそんなミスはない。


 聞こうと思っていない声は雑音として意識しないよう調節できる。


 だが、その雑音しかないというのもおかしな話だ。


 つまりは周囲に【生物が一匹もいない】ということなのだから。


「さっきの魔物から逃げたと考えても、ここまで居なくなっているのはおかしい。キキョウ、少しここにいてくれるか? ざっと見てみる」

「畏まりました」


 キキョウをその場に残して周辺を見て回る。特に変なところはないが、やはり生き物の息遣いがない。


 まるで、元から居なかったみたいに。


「……とりあえず、戻るか」


 引っ掛かっているものはあるが、いつまでもぐるぐると歩き回るのも無駄なので一旦キキョウと合流することにした。


 水を蹴ってもとの場所に行くと、水の透明度が少し違うことに気がついた。


『海中のプランクトンが急激に減ったのでしょう』

「何故かわかるか?」

『調査中です』


 キキョウと合流しその話をしていると、急にキキョウが表情を歪めて静かに沈んでいく。


「キキョウ⁉」


 全身水ではあるが、特殊な精霊の体を作っている水である。魔力を手に纏わせればさわれることを白亜は知っていた。


 すぐに魔力を全身に巡らせてキキョウを抱える。


 その瞬間、ぐらりと視界が揺れて体の力が抜けた。何が起こったのかわからなかったが、魔力を急激に消耗したときの現象と似ていると思い出す。


『すぐに魔力を止めてください!』


 シアンの声になんとか反応し魔力を流すのをやめるが、白亜と言えど即座に魔力が回復するわけではない。


 酷い車酔いにあった時みたいな気持ち悪さを覚えながらふらつく頭をなんとか支える。


「なにが……」

『わかりません、がプランクトンが急に減ったのもこれでしょう。矮小な生物ですので魔力を急に抜かれてそのまま死んだと思われます』


 魔力は生命に直結することもある。急に抜かれたら目眩どころかショック死しかねない。


 プランクトン、いや、水棲生物が一気にいなくなったのは魔力を突然抜かれたらだろうか。


 キキョウが意識を失ったのもそれだろう。キキョウは魔法生物なので魔力の有る無しが存在を留めるのに必要になる。


 魔力が切れたところで再び生まれた場所、つまりハクアの実家近くの森にある湖で再生するのだが、やはり心配はする。


「キキョウ……とりあえず休んでくれ」


 まだほんのすこし意識があったのか、キキョウは小さく頷いて下級精霊の姿に化ける。これなら鞄に容れておける。


 白亜はキキョウを鞄にそっといれて通信機を取り出しジュードたちに危険を伝えようとした。


 そして何故かボタンを押す直前、小さく息をのみ通信機から手を離してしまった。


 通信機はゆっくりと海底へと落ちていった。

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