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「とりあえず俺に任せろ」

 白亜の過去は、どうやらどの時代でも深刻だ。


 ルギリアに救われたということがあるから白亜よりシュリアの時の方が良かったのかもしれないが。


「結構昔からやらかしてたんですね……」


 それはどういう意味だ、と言いたかったがやらかしている自覚はあるのでなにも言えない白亜である。


「別に、好きで売られたわけでも、魔法をみただけで使えるようになったわけでもないんだがな」


 生き延びるということに関しては兎に角恐ろしい力を発揮する白亜だ。シュリアの時は天才的な勘、白亜の時は気力、現在も何がなんだかわからないくらい力がある。


 だが、それは別に欲しいと願って手に入れた力ではなく、生きる上で必要だと思ったものが積み重なってそうなったにすぎない。


 生き抜くことが、他人よりもかなり難しい運命にあったから力があるだけで。


 恐らく死ぬ心配もない一般家庭だったらもっと普通に生きていられたのだろう。


「……まぁ、俺の昔はどうだっていい。今はこの船だ」


 とはいえかなり風化している。まともな資料はほとんど出てこなかった。


 収穫らしい収穫といえばこの船を維持していた魔方陣くらいだろうか。


「この船ってなんのために作られたんです?」

「なかにある施設からして学校みたいな組織だと思うけど」

「船でですか」


 確かにこれだけ広ければ学校と言われても納得できる。図書室や実験室らしき部屋もあった。


「ああ、そこが不自然だと思ったから調べてるんだ。わざわざ陸地に作らなかった意味がわからない」


 たまに立ち止まったりしながら船の破片などを集めていく。これで詳しい年代を調べるのだ。


 あまりにも風化しすぎているので、調べることもできないかもしれないが。


「……ん?」


 ぴくり、と白亜の眉が動く。それからスッと目を細めた。


「なにか居ましたか?」


 キキョウの言葉に小さく頷く。ラメル以外の全員が辺りに注意を巡らせる。白亜がここまでハッキリと反応する相手は中々いない。


 とんでもなく強いか、珍しく興味のあるものかのどちらかだ。今回の場合は状況的にかなり強い魔物が出たと考えるのが普通だろう。


「大きさはわかるか」

「……かなりでかい。が、気配がやけにぼんやりしている。正確には測れない」

「強さは?」

「感覚からして……キキョウと一対一で戦えるくらいか」


 キキョウは最上級の魔法生物だ。ウンディーネという特性上攻撃よりも守りの方が得意ではあるが、それでも人族の中では最強と言われる魔族とも十分戦える力がある。


 さすがに魔王であるレイゴットには敵わないが、その部下のラグァくらいなら勝てるだろう。


 一般兵が何百人束になろうが倒すことができる程だ。


「つまり、ランクは?」

「少なく見積もって19ってところか」


 もうそれ災害レベルである。


 白亜やその配下のレベルが測れないくらいのものなので忘れがちだが一人一人が災害レベルでランク指定されている。


 因みに白亜はランクがない。あまりにも強すぎるので今は仮に50とされているが、正直それでは足りない気がする。


 今までの最高ランクであった20がやけに寂しく思えてくる数字だ。


「師匠が測れないって、それどんな化け物ですか」

「隠れることならレイゴットレベル」

「魔王と同レベルって」


 レイゴットが隠密苦手だとしても、魔法の扱いに長けた種族のトップであることからかなりの精度であることは想像に難くない。


 ……実は、レイゴットよりも隠密行動が得意な女性もいるにはいる。勿論白亜以外で。


 もし白亜が襲われたりでもしようものならきっと彼女達が何とかしてくれるだろう。白亜が写真を撮られて気付けないほどの腕を持っているからどこかに居るかもしれないし。


「……ジュード。ラメルを」

「はい」


 ここで白亜が戦ったら船は一瞬で大破だが人命には代えられない。出てきた相手がダイでも対応できなかったら白亜が出るしかない。


 もしもの時のために村雨にそっと手を当てておく。


「っ、ジュード、後ろだ!」


 ジュードが振り向いた瞬間、ラメルがなにかに引っ張られて水中に投げ出される。


 慣れない水中という場所であるが為に全員の行動がワンテンポ遅れる。


「ラメルッ!」


 ジュードの声をなにかが遮った。


 ジュードとラメルの間に体を滑り込ませたのは、拳ほどの大きさの青い河豚みたいな魚だ。やけに鮮やかな青に、プックリとしたフォルムは可愛らしさすらある。


「少し待ってください‼」


 ラメルを追うために前に出たジュードを水の中では自由自在に動けるキキョウが止めた。先程ラメルを助けられなかったのは先頭を進んでいたのもある。


「なにするんです⁉」


 焦りで気が動転しているのか、キキョウを睨み付けるジュード。白亜がジュードの背中を軽く叩いた。


「バカ。熱くなりすぎ。お前も見覚えあるだろこの魚」


 左目を翠に光らせながら前の魚を用心深く見る白亜。どうやら遠視と透視を発動させているらしい。口では落ちつけと言っているものの、ちゃんとラメルの事は見ている。


「見覚え、ですか」

「学園の図書館で、薬学の話をしただろう。あの時に図鑑の絵を見せた筈だが」

「そんなこと覚えてないですよ、師匠じゃあるまいし」


 白亜がちゃんとラメルを気にしていることに安心したのか、ジュードは少しだけ冷静さを取り戻しつつある。軽口を叩けるほどには混乱が収まってきていた。


「そうか。細かく説明すると時間かかるから省くが、あれはとてつもない毒を持ってる。しかも麻痺毒だ」

「あ、思いだしました、麻痺させて体を食うっていう」

「それだ。えげつない食われ方したくなければ一旦引け」


 このフグ、強力な麻痺毒で獲物を生かしたまま捕らえ、生きたまま食うという可愛い顔しておっかない魚である。


 麻痺毒で痛みは感じないらしいが、自分が食われていくのを見るのは精神が壊れるだろう。


「あの魚はまず一匹捕まえてからそれにつられてきた仲間を一網打尽、っていう狩りをする。まさに今のお前だ。突っ込んでいったら死んでたぞ。こいつら丸飲みするから」


 さすがに一口で食われたら白亜も助けようがない。


「とりあえず俺に任せろ」


 白亜の目は、右の紅い光が爛々と輝き始めていた。

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