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「師匠ならちゃんと座学も教えておけ」

「師匠、ひとつ気になったんですが」

「なんだ?」

「この船って第二世代のものなんですよね?」


 見取り図を書いている白亜にジュードが質問をぶつける。


「損傷少なすぎませんか? 第二世代ってかなり昔ですよね?」

「一応防護系魔法は働いているからな。奇跡的にかなり長い間発動されていたんだろう」


 今はもうさすがに効果が切れているが、白亜の話すところによると半永久的に発動する魔法のようだ。


 魔法の使い方が今とは全く違うのでそういったことも可能だったらしい。


「……今更なんだけど、第二世代ってなに?」

「「えっ?」」


 ラメルからの突然の問いに白亜とジュードが互いの顔を見合わせる。


「……ジュード」

「話してないです……」

「師匠ならちゃんと座学も教えておけ」

「はい……」


 どうやらなにもわからないのに話を聞いていたらしい。


 白亜は手を動かすのは止めないまま話し始める。


「魔法文明の進歩にあわせて時代区分を世代で分けている。第一世代で魔法という理論が確立され、第五、第六世代辺りで全盛期を迎えた。今は二十三世代だな」

「全盛期早くない?」


 第五世代で全盛期なら今は完全に衰退しているのか、というと別にそういうわけではない。


 昔とは魔法の形態が変わっているので比べるのが難しいのだ。


「第五世代は………かなり酷い時代だったからな。魔法が栄えすぎて魔法使いが固定砲台として消費され、どんどん数が少なくなっていった。魔力の高い人は死ぬまで奴隷として魔力を盗られ続けた」

「そんなことできるの?」


 白亜が左手で懐中時計から取り出したのは黒い箱だ。大きさとしてはテレビのリモコンに近いだろう。


「これは中に魔力を溜める道具だ。これは自分で送り込むものだから事故は起きないが、当時は相手の意思無く吸いとれたからな。常に息をするのも苦しいくらいの魔力欠乏状態にされれば逃げることもできないし」


 魔力は生命力に直結する。下手に失えば死ぬことだってある。


 生きるギリギリの量あったとしても死にかけていることに代わりはない。


 生れつき魔力の多いシュリアがどんな目に遭っていたかは想像に難くない。


「……師匠は、そうだったんですか? 仰られたくないなら、別に無理に聞こうとも思いませんから―――」

「いや、いいよ。そうだな。とりあえず、物心ついた頃に売りに出されたのは覚えてる。そこから先はさっき言った事さ。意識が朦朧としていてはっきり覚えていない……ルギに助けられるまでなにも覚えていないのが救いだったかもしれないな」


 正気ならば耐えられたかわからない、と目を伏せる白亜。


 揮卿台 白亜としての人生もかなり壮絶だったのにそれをさらっと語る白亜でさえシュリアとしての記憶はかなりキツいものらしい。


「ずっと聞きたかったんですけど……ルギリアさんとはどこでお知り合いに?」


 白亜は基本群れない性格だ。周りが群れてくっつくので群れの中心に居るわけだが、別に好んで人といるわけではない。


 シュリアとしての白亜も本質的には人と関わろうとしないタイプなのであそこまで互いを信頼しきっている相手は悔しいがルギリアしかいない。


 白亜は強すぎるが故に人に頼ろうとしない。結果的に他人を巻き込まないように一人で行動することも多いから、あのような関係はジュードの目には羨ましく映る。


 シュリアはルギリアに、ルギリアはシュリアに互いの命を完璧に預けあっている。そんな光景が自分にはない。


 いつまでも白亜におんぶにだっこで対等にあれる立場には到底なり得ない。白亜がそんなこと気にしなくても、ジュードはそれで結構落ち込んだりしている。


 頼ってもらえる立場になりたい。誰だってそう思う。


 ルギリアとくっつくシュリア……白亜を見ていると酷く辛い。


 どうしたらあんな関係にまで白亜を動かせるのだろうか。


「俺は覚えていないんだが……別の町から送られる最中、鉄格子越しに俺を見たらしくてな。最初は、単に可哀相だと思っただけらしいんだが」


 多量の魔力を持っている奴隷はかなり貴重だ。シュリアほどの魔力の持ち主なら町ひとつくらいのインフラは支えることもできる。


 生きる電池というわけだ。様々な町に連れていかれ、限界まで魔力を持っていかれては次の町の供給に行かされるというのがシュリアの常だった。


 寝ても覚めても鉄格子越しにしか外が見えず、見えたとしても魔力の過剰放出で目は上手く機能しない。


「そのときは、目がほとんど見えていなかった。目に回る魔力もなく、光を少し感じられる程度で人の輪郭もかなり曖昧にしか見えなかった」

「……酷いな」


 後ろからこっそり話を聞いていたダイが言葉を溢す。


 キキョウも同様に作業をしながらも静かに話を聞いている。


「ああ……酷かったんだろうな。正直それが普通だったからただひたすら『いつ死ねるんだろう』としか考えてなかったけど。今思えば、死なせてもらえる筈がなかったのにな」


 シュリアは金のなる木だった。常人とは桁の違う魔力量を生まれつき持ってしまったがために、奴隷としては破格の値で取引され、売られては買われを繰り返した。


 そんな奴隷を死なせるわけがない。


 最高の環境で管理され、劣悪な搾取を強いられた。


「あれは確か……夜中だったか。突然何かが割れる音がしたと思ったら声をかけられて腕を引っ張られた。昼間じゃないから当然、目は見えてない。目を閉じているのと何ら変わらない視界で、引っ張られるままに走った。何度も躓いたし、自分はどこに向かっているんだろうかという恐ろしさもあった」


 白亜は遠い昔を懐かしむように話す。かなり大切な記憶なのだろう。シュリアとして生きていた時間に未練はある、と前に言っていたことをジュードは思い出した。


 白亜は、今生きている時間に未練はあるのだろうか?


 もう一度この時間に戻ってきてやり直したいと思ってくれるのだろうか?


「……限界まで走って、手が引っ張られなくなった瞬間になんとなく『もう休んでいいんだ』と思ったからかすぐに寝てしまった。初めてだった。硬い地面で怯えることもなく寝ることなんて、ありえないことだった」


 白亜は完成した見取り図を何度も見返しながら通路の先へと進む。勿論警戒しつつだが、皆無言でついていった。


「目が覚めたら、ゴミだらけの路地の端に寝かされていた。だが、久しぶりに見る格子の無い外の世界に興奮した。空が、うっすらと青く見えたのが堪らなく懐かしかった。まだ目はあまり見えていなかったけど、色くらいはなんとなくわかるくらいまでは回復していた」


 あちこち連れ回されたとは言ったが、どこへ行くにも檻の中だ。空を空と認識できるまで少し時間がかかるくらいには外を忘れていた。


「そこからまだ魔力が足りなくてぶっ倒れて。ルギと面と向かって話したのは逃げ出して丸一日経った夜明けごろだった」

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