「やはりただの言いがかりでしょうか」
魔法を発動させ、数日ぶりに日本へと向かう。
リグラートに移住する準備は殆ど終わっているので帰ってくる必要はないのだが、数日おきに顔を出さないと美織が面倒臭くなるのだ。
「ふぅ……ん? ミュルか」
移動の際の到着地点として設定している自分の部屋、その扉の下の方にあるミュル用の入り口からミュルがにゅっと出てきた。
何故かミュルたちここに居座る猫たちには一切の感知が効かないので白亜でさえミュルがどこにいるのか判別できない。
「みー」
「どうした? なにかあったのか」
抱き上げるとミュルがじたばたして白亜をじっと見つめる。なにか伝えたいらしい。
外に出ろと目線で伝えてきたのでミュルを肩に乗せてから扉に手をかけると、何かに気付いて直ぐに振り返った。
「い、イタタ……」
「これ、着地が厄介ですね……」
降ってきたのはリンとジュードだった。
「………なにしてんの?」
「あ、え、師匠……その……へへへ」
「笑って誤魔化すな」
「いや、その、まさか師匠が飛んだ後術式踏んだら飛んじゃうとか思ってなくてですね」
つまり、二人揃って着いてきてしまったらしい。
「みー」
「ああ、わかったわかった。ジュード、リン。……動くなよ?」
「「ふぁい」」
とりあえず二人に正座させて部屋に放置した。ミュルに指し示されるまま屋敷を進んでいくと玄関に着いた。
扉が開いており、欄丸とヨシフが誰かの対応をしている。
「さっさと立ち退けと言っているだろうが」
「お引き取り願おう。家の者が帰ってきてからにしてくれるか」
どうやら揉めているらしい。白亜は軽くため息を吐いてから玄関に出ていった。
「何事です?」
「リシャット! 帰ってきてたのかい?」
「今さっきね。それで、この方々は?」
ヨシフから目の前の男達に目を向ける。それと同時に警戒レベルを引き上げて周囲の探知を開始、いつでも動ける準備をする。
「ここの坊っちゃんか?」
「いいえ。ここの執事長をやっている者です。顔を出すのが遅れてしまい、申し訳ございません」
「執事長? お前がか?」
「はい」
どう見ても馬鹿にされているが、これくらいの挑発でどうこうなる白亜でもない。どこまでもゴーイングマイウェイな天然記念物は他人の意見などどうでもいいのだ。
それはつまり空気が読めないということではあるが、まぁ、白亜なので仕方ない。
「話にならねぇなぁ」
「そうですか。それで? ご用件は?」
ヨシフと欄丸に目配せをして家に入るよう促す。
二人とも白亜は一人で動いた方が事が進むことをよく知っているのでそのまま任せることにした。ただ、良い方に進むか悪い方に進むかは運次第である。
「チッ、ここの家を売れって話だ」
「売る? なぜです?」
「知るかよ。だがさっさと退いてくれりゃいいんだ」
「そうですか。ではお断りいたします。お引き取りください」
即答した白亜に苛立ちを隠そうともしない男が表情をひきつらせる。
「耳が聞こえないのか、テメェ」
「聞こえていることにすら気づけない貴方こそ感覚器官がどこか狂ってしまわれているのでは? お早めに医者にかかられることをお勧め致します」
これで本人煽っているつもりゼロである。
「どうなるか知らねぇぞぉ?」
「そうですね。もしここを売って欲しいのなら正規の手続きを踏んでからいらしてください。もし武力行使にでるのなら、ちゃんとお相手致しますよ」
男達は帰っていった。確かに事は早く済んだが悪い方向に進んだ気がする。
ミュルは白亜の肩の上で大きなあくびをした。暢気なものである。
屋敷に入ると、ヨシフと欄丸が玄関で待っていた。
「どうだった?」
「追い返した」
「あ、そう……やっぱり解決は無理だったか」
「無理、というか……あの人達じゃ不可能だよ。そもそもここを何に使うために立ち退けと言っているのかすら理解していなかった。ただの脅し用の人だ。大抵の人ならビビって頷いちゃいそうだし」
とりあえず屋敷の警備を厳重にしてから大地の判断を仰ごうと、警備に使っている魔法具を取り出す。
魔法具とは言ってもこの世界でも使えるよう電池式にした自立式監視カメラだ。もし誰かに持ち出されても魔法の技術が漏れない仕組みになっており、下手に壊せば魔法回路を自ら消去して自壊するプログラムを組んである。
魔法はこの世界でも動かせるので、今まで作り上げたAIアンドロイド達を基礎に、更に小さな監視カメラを作ることに成功したのだ。
しかも勝手に動いてなにか異常を感知したら警報を鳴らしてくれるシステムである。
リグラートでも製作していたそれを更に警戒網に加え、大地に電話をした。
偶然にも休憩中だったらしく、大地は直ぐに電話に出た。
『リシャット君か。いつ帰ってきたんだい?』
「つい十分ほど前です」
『そうか。美織も喜ぶよ。それで、君はそういうことで連絡する性格じゃないよね?』
「はい。先程、なにやら物騒な輩が屋敷の敷地を売り払えと凄んできたのですが、お心当たりは?」
『屋敷を売り払え? なんだいそれは』
やはり、大地がらみの話ではなさそうだ。であるならば完全に非正規の方法でここに押し寄せてきたということになる。
「やはりただの言いがかりでしょうか」
『だろうね。それで、その物騒な輩というのは無事かな?』
「はい。手は出しておりません」
最早白亜達の心配ではなく先に男達の心配をしている大地。それもそうである。白亜に勝てるものなどこの世に存在しない。
一対一で白亜が負けるとしたら、白亜の兄を自称する神くらいだろう。
『わかった。今日は早めに帰るから』
「畏まりました」
電話を切った瞬間、忘れていたことを思い出した。
「……あ。リンとジュードを放置したままだった」
正座のまま部屋に閉じ込めておいたことを完全に忘れていた。普通に酷い。
二人を迎えに行くと、二人とも半泣きで白亜を見詰めた。どうやら白亜が相当怒っていて中々迎えに来てくれなかったのだろうと思っているらしい。
残念ながらただ忘れていただけであるが、それはそれで良い薬になるのではないかなと思い、白亜は二人の勘違いをそのままにしておいた。
お陰で、暫く二人は別に機嫌が悪くない白亜にビクビクしていた。




