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『ジュード。怒るところ違うと思う』

 白亜の愛刀の手入れ中に雨が窓を叩き始める音がした。


『あめー』

「雨ですね」


 洗濯物は大丈夫だろうか、と庭の方を見る。庭には元々ハクアが育てていたハーブや野菜の畑があり、季節ごとに花が咲くように花壇が設置されている。


 また、鍛練場も兼ねているので相当広い。


 洗濯物は既に取り込んであった。それはいいのだが、大根の畑に誰かがいる。しゃがみこんで何かをしているようだ。


『ジュード、雨のなかなのに人がいるよ』

「まだ収穫には少し早い筈ですが……? 誰でしょうか?」


 するとその人は一回辺りを見回してからまだそれほど大きくない大根を抜いた。


「『あっ!』」


 それを脇に抱えて走り去っていく。


「だ、大根泥棒です!」

『ハクアの花壇がめちゃくちゃになっちゃう』


 進行方向には白亜のハーブ畑と花壇がある。このままではそれらが踏み荒らされそうだ。


 ジュードは窓から飛び降り、畑を荒らさないよう注意しながら大根泥棒の前に回り込む。


「そこまでです大根泥棒さん!」


 別に大根一本くらいどうでもいいのだが畑を荒らされている。しかもこの感じだと白亜の畑まで荒らされそうなので止めるしかないのだ。


 特に花壇の方ならまだしもハーブなど知らない人から見れば雑草にしか見えないものが多く、誤って踏み潰して白亜に蹴飛ばされるダイを何度も見ているのであれだけは死守せねばと思っているのだ。


 因みに、白亜がダイを蹴飛ばしたのはダイがハーブ畑を5回荒らしたからである。何事でも動じない白亜でも流石に5回も大事に育てたハーブを滅茶苦茶にされるのは耐えかねたようだ。


「ど、どけ! お前ら貴族には俺たちみたいな平民が食うに困ってるの知らないくせに!」

「違います!」


 ジュードはピッと地面を指差し、


「花壇を荒らすと師匠が怒るので駄目です! 盗むのならもっとスマートに盗むべきです!」

『ジュード。怒るところ違うと思う』


 まず盗みの行為自体がダメである。


「とりあえずそれは返してもらいますよ」

「い、いやだ!」

「ちゃんと大きくなったものを差し上げますので小さいものはもとに戻しておくんです。それと、荒らした畑をもう一度綺麗にしましょう。僕も手伝いますし」

「え……」


 戸惑っている相手にジュードはそっと近付いて大根を手から離させてもとの場所に埋める。


 次第に強くなる雨で泥がはね返り汚れのなかった綺麗な服に茶色いシミが出来ていく。


「とりあえずこれで大丈夫ですかね。本当なら畑も全部元通りにしたいところですが雨が強くなってきたので今日はやめておきましょう」


 そう言って建物の中に引っ張ってきて浴場に入る。


「ここまで汚れてしまいましたしお風呂入りましょう。あ、男性ですよね?」

「なんでそんなことをわざわざ」

「僕の師匠、見ただけじゃどっちかわからないような人なので他にもそんな人がいたら申し訳ないな、と」


 どんなやつだよ、と想像する。実際は無表情無愛想口数が少ない人形のような男装女子なのだが。


 相当広い風呂をほぼ貸し切り状態にして寛ぐ。


「こんなにでかい風呂初めてみた」

「師匠が風呂に拘る人なので。これ、お城のものよりも広いですよ」


 風呂場だけだったら世界一かもしれない。


「師匠師匠ってずっと言ってるけどそんなに影響力のある人なのか?」

「勿論ですよ。頭もとてつもなくいいですし、滅茶苦茶強いです」

「強い、のか」

「ええ。強いです」


 湯船に浸かりながら二人、今この場にいない白亜の話で盛り上がる。気付けば雨音はしなくなっていた。









「今日の配達分な」

「あ。ありがとうございます」


 ジュードは籠を受け取りながら用意してあったお金を渡した。


 大根泥棒の彼は孤児院の子供であの時は本当に食べるものが無くなってきそうだったのでつい盗んでしまったのだそうだ。


 心優しいジュードはそれを許し、その代わりにと定期的にお使いを頼むようになったのだ。


「丁度お茶の時間なので一杯いかがですか?」

「じゃあもらう」


 籠を机に置いてから天気もいいので外にある机でハーブティーを飲む。白亜の畑で採れたものだ。因みに今白亜の畑は配下達が交代で管理している。


「ジュードさんの師匠の……ハクアさん、だっけ? その人って町の真ん中の英雄の?」

「はい。そうですよ」

「その、ごめん。亡くなってる人だとは思わなくて」

「師匠は死んでいませんよ?」

「え?」

「いつか帰ってきますから」


 この言葉を普通の、それも白亜の異常性を知らない人が聞けばどう思うか。


 冗談でないのは顔を見ればわかるのだ。ジュードは本気で白亜が帰ってくると信じている。


 だが、普通は死んだ人は帰ってこないのだ。現実を見られない程悲しんでいるのかと判断されることも多いだろう。


 彼も、そう思ったのでもうその話は口にしなかった。


 もしもっと話す時間があれば白亜の話になっていたかもしれないが、この時はそうならなかった。何故なら、


『エリウラの奥地に魔物の巣が見つかりました』


 キキョウがそこに来たからだ。


「なんの魔物ですか」

『ファイアタートルだと思われます。数は凡そ30ほど』

「じゃあ僕一人で行きます」

『わかりました』


 ファイアタートルは群れで行動する亀の魔物で、口から火を吹く事ができ、また甲羅は鋼鉄並みの硬さを誇る。


 肉食で人すら襲うので早めに対処しておかないと被害が出るのも時間の問題だ。


「では僕はファイアタートルを倒しにいってきますので」

「ちょっ、そんなさらっと行くようなものじゃないだろ⁉ まずギルドに討伐依頼を」

「僕一人で大丈夫ですから。なんなら一緒にきます?」


 ジュードが心配だったのか、半泣きになりながら行くと告げる。遺書もこっそり書いていた。


 ある程度のところまで馬で行き、少し離れたところに繋いでからとある場所まで歩く。そこは湖の近くだった。


 赤く体長三メートルほどもありそうな亀達が優雅に水を飲んでいた。


「じゃあ行ってきますね」

「え?」


 一瞬だった。


 ジュードが走り抜ける度に甲羅のなかに頭をしまう暇すら与えられなかった亀の首がドサドサと落ちていく。


 切られた場所は数秒後に思い出したように血を噴き出す。圧倒的だった。


 まさに英雄譚で語られるような美しさ。強く優しい、自分が憧れる人物像がぴったりとジュードに重なった。


「大丈夫でしたか? この辺りの魔物はもういない筈なので物陰から出てきても大丈夫ですよ」


 剣の血を拭いながらそう言うジュード。やることは決まっている。


 前に出てから土下座をした。


「弟子にしてくださいっ‼」

「え?」


 ジュードに初弟子ができた瞬間だった。

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