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「お、教えてくれないんですよー」

 新しい生活、新しい服。誰もが皆新しく始めることには少なからず緊張するものだ。


 白亜のように寧ろどうしたらそこまでどっしり構えていられるのか不思議でならないほどに落ち着いているような人は一握りだろう。


 だが、周りの人よりは緊張していなかった。


 何があっても大抵動じない自信がある。数年前に異世界に飛ばされるという自分で話していても馬鹿馬鹿しいと思ってしまう程のファンタジーに巻き込まれたのだから。


 だからこそよくわかる。力のある自分が出来ることをやるべきだと。


 あちらの世界では良くも悪くも力こそ正義だった。こちらは殺伐としている、とは言わないが金や権力という力は健在だ。


 寧ろあっちよりその力のもつ範囲は幅広いだろう。


 だからこそ、守れる範囲は自分で守りたい。


 そう思ったから警察官を選んだのだ。


「私が指導担当の松本 恵。宜しくね、賢人君」

「よろしくお願いします」


 がっしりと握手を交わす。思っていたより大きい手だった。


 初日はどんな仕事を常日頃行っているかやオフィスの案内だった。


「よっし、今日はこれで終わり。折角だから飲みに行かない?」

「あ、はい!」


 提案されて向かった先の居酒屋は落ち着いた雰囲気の所だった。ドラマなどで居酒屋は相当喧しい場所として書かれていることが多いのでなんだか拍子抜けした気分だ。


「なに飲む?」

「あ、お酒苦手で……烏龍茶もらえますか」

「苦手なの? なんか意外ね」


 苦手というより、少しでも飲むと手をつけられなくなる程酔っ払うので飲まないようにしているという方が正しい。


 味もそこまで好きになれないので好都合というものだ。


 料理をつつきながら互いのことを話し合う。


「へー、賢人君って剣道のチャンピオンだったんだ」

「はい。師範にはどうやったって敵いませんが……」


 勿論師範とは白亜のことである。


「そんなに強いの?」

「敗けたところは一回見たことがありますけど……数年後にはその相手にも目を瞑って勝てるくらいになれるほどで」

「凄いね。その人いくつ?」

「えっと……」


 なんと言えばいいのだろう。


 実年齢だと若すぎるし精神年齢だと高齢だ。かといって嘘をつくわけにはいかない。


「お、教えてくれないんですよー」


 もうこういうしかない。


「見た目はどれくらい?」

「えっ、えっと……」


 二十代前半である。ようするにほぼ同い年。


「すっごい若く見えてて僕と同じくらいにすらみえるんです」


 よし、頑張った。


 嘘は言ってない。


「写真とかある?」

「写真嫌いらしくて写ってくれないんですよ」


 これは事実だ。白亜は写真が好きではないので撮るなら寝ている間に撮るくらいしか方法がないのだ。


 だが、寝ている間に忍び寄るなど白亜が気づかないはずがない。ハクアファンクラブのうちの『撮影班』と呼ばれる者達を除いては。


 白亜に気づかれないように迅速に写真を撮っていく彼女らはこと白亜を撮ることに関しては最早プロカメラマンの域に達しているといっても過言ではない。


「格好いい?」

「整いすぎてて怖いくらいに綺麗ですよ」

「へー、益々見てみたいな」


 白亜の話で盛り上がっていると、


「あっ、賢人?」

「え?」


 その時店に入ってきたのは元日本組委員長の秋華しゅうかだ。ちなみに能力は裁縫だった。


「秋華だったのか」

「ここの日本酒美味しくてね。そちらの方は?」

「上司の松本先輩。先輩、こちら高校で同じクラスだった秋華です」

「はじめまして」

「はじめまして」


 それから直ぐに秋華はカウンター席に座って店の大将と話をし始めた。常連というのは本当のようである。


 いや、別に疑っていたわけでもないし違ったところでどうとも思わないのだが。


 さばの味噌煮を箸で口に運んでいると、


「彼女?」


 不意にそう松本から問われて口から吹き出しそうになってしまう。


「ぶっ……違いますよ。秋華はただの元クラスメイトです」

「それにしては親密そうだなって思って」

「あー……僕のクラスメイトは大体あんな感じですよ。色々と苦労してますから……」


 文字通りの死線も潜り抜けたこともある。


 だが、


「本当に死ぬかもって思うようなシチュエーションになっても白亜さんの訓練に比べたら生ぬるいって感じるようになってるんですよね……」

「ちょっとまってどういうこと」


 一体どんな高校生活だったのだろうか。


「不良だったの?」

「いえ、健全に生きてますよ。ただちょっと色々あっただけで……」


 その色々のところを詳しく聞きたくて仕方がない。


 秋華は酒を飲んだら直ぐに帰ったのか、賢人が会計をする頃には既にいなかった。








「ここ最近ひったくり多いですね」

「そうね。魔獣出現の避難にあわせてひったくるやつもいるし」


 何て野郎だ、とばかりに頬を膨らませる松本。


「それにしても不思議ですよね。盗られて直ぐには気づけないって」


 そう、バッグまるごと盗まれているのに誰も相手のことを確認していないのだ。


 お陰で顔や性別どころか背格好すら不明なのである。


「何とかして捕まえて持ち主に返してあげたいですね……」


 中には旦那の形見の財布を盗まれたと言って崩れ落ちるようにして泣く女性もいた。一刻も早く見つけ出して安心させてあげたい。


「被害はわかっているだけで9件……場所も時間帯もバラバラですね」


 地図と書類を見比べながらため息をつく賢人。


 ふと、白亜ならどうやって見つけるかと考えてみた。以前無くしものをしたとき『俺だったら……最初は臭いで探す。出来なければ見る(・・)。どんなことにも法則性はあるんだから』


 こんな感じのことをいっていたような気がする。


「見る……見直す……法則性……」


 地図に何時に何が盗まれたのか書き込んでいく。日にちも時間もバラバラ、場所もかなり広範囲だ。


 くっと首を傾けた瞬間、なにかがカチリと嵌まったような気がした。


「あー‼」

「えっ、なに⁉」

「先輩‼ 少し寄り道していいですか?」


 賢人は顔を喜色に染め上げた。


「犯人、わかるかもしれないです」

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