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無気力超能力者の転生即興曲  作者: 龍木 光
英雄の生まれかわり
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「じゃあ、帰ろうか」

 バチバチと静電気があらゆる所で発生しているような音がする。否、これは静電気ではない。リシャットの耳はハッキリとそれがなにか聞き分けていた。


「泣いてる……」


 リシャットの耳にはあらゆるものの音が声になって届く。


 会話することができるものもあれば風のようにただ通りすぎていくだけのものもある。


 リシャットの耳に届いたのは空気の軋み。それらは悲鳴をあげながら泣いているとリシャットは理解した。


 この状況で最も辛い思いをしているのは空気や元素達だろう。声が聞こえてしまう分、個という形を持たないものでも意識があるものだとわかるのだ。


『今すぐに施設全体に障壁を―――』

「シアン」


 不馴れな神力での障壁を施設全体に一瞬で張り巡らせるのは不可能だ。やれたとしても強度はあまりないだろう。


 時間を自由に操れるほどの神格もない。


 リシャットは目を軽くつむった。残り、15秒。


「こんなことしか思い付かない」


 残り、10秒。


 リシャットの声色は、静かに揺れる水面のように優しく周囲に響き渡る。


 カシャン、と村雨を丁寧に床に置いてからウエストポーチをその横に放り投げた。


 残り、5秒。


 一気に異形の姿になったバーグの近くに走り、パチンと指をならす。


 二人を覆うように障壁が展開され、その中に金色の光が充満した。


 残り、3秒。


「ごめん」


 時間が止まったようにすら感じられた数秒だった。リシャットの耳にすらなんの音も入らない。無意識に呼吸を止めていた。


 どれだけ明るい場所でもハッキリと見ることができるリシャットの魔眼でも目を細めなければならないほどの眩しさが辺りを包み、リシャットは自分の義手がドロリと熔けて吹き飛ぶのを目の端に捉えた。









「と、まった………?」


 荒く息を吐きながら目の前の魔獣をまじまじと見る賢人。


 動かなくなっても刀は油断なく真っ直ぐに敵を向いている。


 今まで戦ってきた魔獣が一斉に突然電池が切れたように地面に倒れ伏したのだ。


「ハクア君がやったんじゃない? そうだよね、玄武(スターリ)?」

「……主が応答しない」


 何回も呼んでるのに、と狼狽える玄武スターリ。試しに他の班と連絡を取ってみたがそっちは通じた。


 だが、どこの班もリシャットとは繋ぐことができないらしい。


「行く」

「うん」


 多分皆同じ方向に走っているんだろう、と思いながら玄武スターリの横に並走する。


 少し遅れて賢人達も後に続く。


「あっ、リンさん!」

「ジュード君! 大丈夫?」

「はい。それより……」

「ハクア君だよね。どっちにいるかわかる?」

「あっちです!」


 バタバタと走っているうちにいつのまにか皆勢揃いしていく。


 通路の端に簀巻きになった男がいた。


「これ師匠の捕まえ方です」

「じゃあこの先………⁉」


 角を曲がってすぐの所に村雨とウエストポーチが置かれていた。あちこち焦げ痕や斬られたような裂け目ができているので明らかにリシャットの戦闘後の状態である。


「あっ!」


 誰が声を上げたのだろう。もしかしたら全員だったのかもしれない。焦げているなにかに包まれて白銀の髪が見えた。


「主っ!」


 真っ先に玄武スターリがそこに駆け寄る。服があちこち炭化して髪も所々輝きがないが紛れもなくリシャットだった。


 直ぐに胸に耳を当てると、ちゃんと動いていた。


 動いていたのだが膝から先が無かった。それでもそこから先は義手がないものの無事である。


「主!」

「……ぅ………」


 小さく呻いて目を開けるリシャットに全員が安堵の息を漏らした。


「……あれ? 俺生きてるな……」


 自分の足を見て、不快だとでも言うかのように眉を潜めた。


「足がない……」


 左手を翳すと即座に生えてくるのだから、甲殻類かと突っ込みたい。いや、甲殻類でもここまで早くはない。


「師匠、何があったんです?」

「ん……自爆しそうだったから止めようとしたけど止められなくて、障壁を全力で展開して………あれ、でも俺防御に余力割いてなかったよな……」


 さらっと自分も死ぬつもりでした、と吐くリシャット。


 だが、実際そうなのだ。


 リシャットは障壁を大きくすればその分ムラが出来てしまうことを理解していたので一番防御力の高い、自分を中心にして数メートルの範囲のみを全力で守った。


 そんなことをすれば自分も巻き込まれるのだがそれも覚悟して、だ。


 とにかく防ぐことしか考えていなかったリシャットは障壁維持に自分の力を全部注いだ為にガードをする余裕など無かった筈だ。


「ハクア君……無茶しないって約束したよね」

「まぁ、そうなんだけど……」


 これに関してはなんともいえないリシャット。全員泣きそうな表情をしている上にリシャットには心の声すら聞こえるので突然借りてきた猫のように大人しくなる。


『全く……私がいなかったら死んでましたよ』

「シアンが守ってくれたのか」

『太股から上しか守りきれませんでしたが』


 リシャットの左手を見てみると木が巻き付いていた。


「あ、耐火の木……」

『これくらい自分でやってください』


 突き放すような言葉ではあるが声はどう聞いても子供を心配する母親そのものだった。


「ああ、すまない………ありがとう」


 疲れた、と呟きながらその場に寝転がる。


「じゃあ、帰ろうか」


 全て自分勝手で本当に嵐のような人だ。だが、その不器用さには皆救われている。


 嵐のように乱暴に引っ掻き回すことしかできないが、それでもリシャットを慕うものが多いのはちゃんと理由があるのだ。


 強さに、優しさに、不器用さに、厳しさに。


 ついてくる理由は様々だが、リシャットの周りに人が集まるのはリシャットがそれだけ行動で自分の思いを示すからだ。


 思っていることと実行することは全然違う。だが、リシャットは他人の為になら命を使う。


 その愚直な美しさに、人は心惹かれるのだ。

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