「やっと……全部終わったよ」
足音が獣道を掻き分けるように鳴り響く。
リシャットはいつもの場所に立ち止まって石の上に缶コーヒーを二つ置いた。
「やっと……全部終わったよ」
首にかかっているくにゃりと曲がった指輪を丁寧に缶コーヒーの間にある尖った石に引っ掛ける。
なんの目印もないその空間で、どっかりと地面に座り込む。
「こんなに時間かかったけど……やりたいことはやれたよ」
ウエストポーチから一本、ワインの入った瓶を取り出してコルクを片手で器用に抜き、グラスに注いで飲み込んだ。
馴れない味に一瞬顔をしかめるが、苦笑しながらも残りを飲み干す。
「酒だって……飲める年になった。もう俺も大人なんだって、ずっと昔からわかってた筈なのに、やっと体が追い付いてくれたような気がするよ」
精神年齢は高齢者だが20前後でいつもまたやり直すことになるので実質初めてちゃんと大人になれたと言えるだろう。
「苦しくない日なんて無かった。二人がとっくの昔に俺のせいで死んだのに、成長していく自分が憎たらしくて仕方なかった」
賢すぎるが故に余計に背負い込んでしまったところもあるだろう。
「生きてる意味なんてわからなくて。でも二人が生かしてくれたから生きるしかなくて、何をどうしたらいいのか本当にわからなかった」
その言葉は、一体誰に向けて言っているのだろうか。
いつもの両親への報告というより、まるで自分に言い聞かせるような言い方だった。
「でも、もう迷わないから。俺には仲間や家族がいる。ちょっと我が儘なお嬢様も世話焼きの旦那様も。俺の周りには人がいてくれる。だからもう俺はその人たちに恥じない道を選ぶ」
晴れ晴れとしたその表情はもう白亜だった頃の暗く陰鬱な面影はない。
別人かと疑いたくなるほどに、柔らかな笑みが浮かんでいた。
「だから……もう次ここに来るときには愚痴も後悔も吐かない。俺は今、昔よりずっと幸せだよ」
リシャットが供え物をおいた場所には、小さく白い花が3輪寄り添うようにして咲いていた。
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お使いを頼まれた。あの町にはない物だからと言われ、買いに行って戻ってくるのに数日かかってしまった。
尊敬する師のお願いなので断ることもできず、修行の一貫として歩いて向かうことになったのが余計に時間を食ってしまった理由だろう。
帰り道は楽をしようとしたのが間違いだったのだろう。少し空を飛ぶつもりが調整を誤って相当吹き飛ばされて街道を歩いていた筈が森のなか。
木に引っ掛かったお陰で怪我は免れたが、現在位置はさっぱりである。
「どこだよここ……」
とりあえず高い木にのぼってみるがそこまで高くもないので一望できる程ではない。
とりあえず飛ばされた方に歩いてみるか、と足を踏み出した瞬間に耳元で、
「あの、どうかされましたか?」
そうささやかれて顔面から近くの茂みに顔を突っ込むくらいビビった。
「ひゃああああ⁉」
「あ、すみません」
少し申し訳なさそうに肩を竦める金髪の男性は手を出しながら屈む。それをつかんで立ち上がると、
「私は新といいます。とある町で友人と落ち合う予定だったのですがこの辺りの地理に詳しくなく……よければ街道までご一緒させていただけないでしょうか」
「え、ああ、いいぞ。俺はラメルだ」
「よろしくお願いいたします」
スッと完璧な所作で礼をして見せる。こなれているその様子を見て、
「どっかの執事か?」
「はい。今は少しだけお休みを取らせていただいています」
男とも女ともつかない声だが、よく通る声だ。
「えっと、アラタ、だっけ? どこに行くんだ?」
「リグラートです」
「お、なら俺も一緒だ」
「そうですか。そこまでご一緒しても?」
「ああ。魔物が出たら俺がやっつけてやるよ」
全体的に細い体つきの新にラメルは胸をはってそう答える。
「なんてったって俺のお師匠様は凄いんだぜ!」
「お師匠様ですか」
「剣術も魔法もどっちも上手くて、しかもそれを自慢したりしないんだぜ!」
本当に尊敬しているのだろう。かなり嬉しそうな声だ。
「しかも王子様なのに皆に優しいんだ」
「王子で、剣術と魔法が上手い……」
「ああ。武の王って呼ばれてるんだぜ」
そう聞いた瞬間に新がフッと笑った。目が軽く細められる。
だが、前を歩いているラメルはそれに気づかなかった。
「あ、道だ」
「街道に出られましたね」
羅針盤と地図を頼りに目的地へと順調に歩を進める二人。
その間もラメルのお師匠様自慢は続く。
「お師匠様はとても気さくな方だからアラタにも会わせてやるよ。人一人連れていったくらいじゃ怒らないしな」
クス、とほんの少し笑って、
「ええ、そうさせてもらいましょう」
透き通るような青い目をもう見えかけている町の方に向ける。
ウェーブのかかった金髪がふわりと風で揺れた。
その瞬間、目が真横の森へ向く。
「なにか来ますね……足音からしてオーガかトロールでしょう」
服の袖からナイフが出現した。
「えっ、ずっとそうやって持ってたのか⁉」
「暗器は隠しておくものですよ」
こいつ暗殺者? と思わざるを得ない発言である。
正面にそれをまっすぐ構えると徐々に地鳴りのような音が辺りに響く。
「まさか……本当にオーガか⁉」
「やっぱりオーガでしたか……もう少し希少な魔物が出てきてくれたら良いお土産になったかもしれませんが……」
「なに言ってんだよアラタッ⁉ オーガだぞ⁉ ランク15の危険指定されてる魔物だぞ」
グッと新の服を引っ張るラメル。オーガは幸い足が遅い。本気で逃げ切ればもしかしたら逃げられるかもしれない。
だが、新は動かなかった。
「大丈夫ですよ。私に任せてください」
ラメルは新の手を見る。見た感じ持っている武器はナイフ一本。それも刃渡りは20センチほどしかないもので、どう考えてももしそれで斬りかかったとしても致命傷にするのはほぼ不可能だ。
「おい、アラタッ!」
「ラメルさん。そこを動かないでいてくださいね」
そう一言声をかけてからゆっくりとオーガに向かって歩を進める新。オーガは新を掴もうと走り出し、目の前に来た瞬間に屈んだ。
だが、その手は虚しく空を切った。
新が持っていたナイフで拳の軌道を逸らし、その勢いでその拳の上に飛び乗ってそのままの勢いで首を跳ねた。
一メートルはあるであろう頭がごとりと地面に落ち、遅れて大量の血が辺りに降り注ぐ。
「……え?」
そしてそれを成した当の本人は涼しい顔でナイフの血を拭っていた。
「い、いまどうやって……⁉」
「細かい話は後にしましょう。血の臭いで魔物が集まってくるかもしれないので。アイテムボックスはお持ちですか?」
「え、ああ……」
「では、これ差し上げますので。先に進みましょう」
差し上げますので? 一瞬どんな意味なのか判らず口を開けたままポカンとしていた。
「早くいきましょう、ラメルさん?」
たった20センチのナイフで易々とオーガを狩ったその技量。どれだけのものなのか想像もつかない。
ラメルは急いで目の前のオーガをアイテムボックスにしまいながら新の後を追いかけた。
追い付いた頃には既に町の入り口に来ていた。
「ここ、お師匠様が作った町なんだぜ」
「そうなんですか」
目を細めて周りを見る新。その容姿は、まぁ、普通の若者である。この若者がオーガをナイフ一本で秒殺出来るとは誰が判るのだろうか。
「で、アラタはなんでここに来たんだっけ?」
「友人に会いに。ですがどこで会おうとか細かく決めてないんですよね……」
「それ永遠に会えないんじゃ……?」
この町結構広いぞ? と付け加えながら本来の目的を思い出した。
「あ、俺お使いを頼まれて他国に行ったんだった。今からお師匠様のところに行く」
「それ、私も同伴しても?」
「ああ、いいぞ!」
二人は町の中心にある一軒家のベルを鳴らす。
「お師匠様ー」
「はーい、ラメル、お使いご苦労様……?…………⁉⁉」
「あ、この人は途中であった人で、ナイフ一本でオーガを倒せるんですよ!」
「アラタ・カイドウです。以後、お見知りおきを」
最初にラメルと会ったときのように優雅にお辞儀をして見せる新。
「し、師匠⁉」
「え、師匠?」
どういうこと? とラメルが新とジュードを交互に見る。
クス、と小さく笑った新の髪色、目、それどころか顔の造形すら変わっていく。
数瞬後には白亜の顔になっていた。
「流石だな、ジュード。簡易的なものとはいえ幻覚魔法を見破れるようになったか」
「そりゃ判りますよ! なんでラメルと一緒にいるんですか⁉」
「偶々だ。転移したは良いものの10年前の地図は役に立たなかった」
「ああ、そういうことですか………」
ラメルに向き直った白亜は、
「改めまして、ここにいるジュードの師。ハクア・テル・リドアル・ノヴァです。よろしくお願いいたしますね、ラメルさん」
ラメルは直感的に判った。
ああ、この人は俺で遊んでいたのだな、と……




