「胡椒みたいですね」
刀の触れた部分を押さえながらかなり後悔していた。リシャットの護衛一人くらいは連れてくるべきだったと。
リシャットもリシャットでかすったのに腕が切断出来なかったことに少し落ち込んでいた。
相手も神の一柱であることは間違いないので大きめの攻撃でなければ直ぐに回復されてしまう。
「そんな化石みたいな武器で俺様に対抗しようなんざ1000年早いぜ、ガキンチョ」
「化石みたいな武器だろうが強いのは変わらない。あんたの手は実際斬られてるだろ」
軽く斬りかかったリシャットだが、思いの外相手の反応速度が早いので少し楽しくなってきた。
表情は真顔だが。
腕を治した男がポケットからグシャグシャになった紙を取り出して空中に放り投げる。
それらは意思を持ったように空中でピタリと止まり、カシャカシャと音をたてながら開いていく。
リシャットは見覚えがあるそれに目を一瞬細めてから村雨を鞘に戻した。
「式……そっちも中々古くさい方法使ってるじゃないか」
「ちっ、刀をしまわれたか……」
フワフワと空を泳ぐように漂う紙は人のような形になっており、リシャットの目には和紙のように繊維が絡まりあっているのが見えた。
あれに薄い刃で斬りかかっても纏わりつかれて刃が覆われるだけだ。寧ろ戦力を下げることに繋がる。
「行け」
男性のその言葉で一斉にリシャットに向かって紙が飛来する。
だが、リシャットもこの戦い方をする人に覚えがあった。
「障壁展開」
リシャットの前に突如出現した光の壁が紙を止めて、即座に燃え上がらせる。
それを少し離れたところから見ていたジュードが声をあげた。
「⁉ あれ、魔法じゃないですよね⁉」
『ええ。あれは白亜様の義手に内蔵されている疑似シールドです。詳しい説明は省きますが、高温のエネルギー体なので紙などの熱に弱いものならば直ぐに燃え上がります』
リシャットはそれを解除してから右腕を前につきだして手袋を取る。
細かな粒が周囲に拡散した。
「胡椒みたいですね」
『胡椒って……。見ていればわかりますよ』
飛んでくる紙に数個付着した瞬間に紙がなにかに食いつくされたように消え失せ、その代わりに禍禍しい色合いの正直触りたくない感じの花が咲いた。
リシャットの口が小さく動き続けているのを見ると、恐らく魔法なのだろう。
だが、妙なのだ。花が落下しない。
清水が不思議に思った瞬間に浮いている全ての花が急成長して通路を覆うように根を張ったのだ。
リシャットの魔法の使用範囲が一気に広がった。
それを狙っていたリシャットは天井の根の上に飛び乗って両手で何かをを下から上に持ち上げるような動作をする。
すると根が生えているところから蔦が数十本生えて男性の足と手を拘束しようとする。
「ガキが舐めるな!」
だが、相手も簡単にはやられてくれない。紙を周囲に滅茶苦茶に飛ばして攻撃範囲を作り、そこに襲いかかる蔦を粉微塵に切り刻む。
確かにその方法なら蔦は避けられるだろうが相手もその場から動けない。
リシャットは柏手を1つ打ち、凪のように揺らがない声色で詠唱を開始する。
「我に従いし元素の悪魔よ。汝の顕現は本来許されるものではなく、ただ空を彷徨う迷い子でしかない。我の魔力をもって初めて存在が世界に認められるのだ。その姿を見るもの全てを汝は断罪し、この世の理をねじ曲ろ。……魔手の刃」
本来攻撃魔法というものは戦闘中に発されるものなので長いものは不利であり、少しくらい発音が悪くても素早く言えた方がいい筈のものだ。
だが、今のリシャットの魔法は明らかにそれとは本質が異なっている。
素早く打ち込む物ではなく、子供に語り聞かせるようにゆったりと焦りなど微塵もない様子で語られた。
ここまでゆっくりと言えるだけの時間を戦闘中に見つける、或は作るのはかなり難しい筈なので攻撃魔法としては失格だろう。
威力を目の当たりにするまでは、だが。
詠唱を終えて数秒後、周囲の空気が明らかに変わった。
気配がはっきりしないそれらはリシャットの近くに徐々に集まっていき、リシャットの周囲を黒く染め上げ始める。
「っ!」
ヤバそうだと感じたのか紙でできた式神を向かわせるが、蔦に阻まれ一向に近付けない。
集まった黒い粒子は大型犬ほどの大きさもある腕を形作った。
輪郭がぼやけているので確りとした実体は無いのかもしれない。
だが、そんなことより男の額には大量の冷や汗が流れていた。無意識に心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。
……あれは、ヤバイ。
本能がそう告げている。
そこで初めて気が付いたのだ。目の前のリシャットがどれだけ危険な存在なのかを。
これだけやって汗ひとつかいていない異常さを。
「握り潰せ」
リシャットの細く白い喉が無情にも言葉を紡ぎ、一瞬空に浮かんでいる腕が波打った。その途端に男は背を向けて走りだしていた。
「こいつはマジでヤバイ……! バーグに知らせないと……⁉」
振り向くと、腕が真っ直ぐに自分に向かって飛んできていた。式神が守るように立ちはだかるも黒い粒子に触れた途端に粉々になって消滅する。
「っ! ぎゃああああああ!」
手が覆い被さる瞬間に、粒子の手の中に大量の目を見た。真っ赤に光るそれらは嘲笑うように男を睨み付けて硬直させた。
バキバキ、と骨が折れる音が辺りに響き、霧が晴れるように黒い粒子が散っていく。地面に残されたのは手足が変な方向に曲がった男だった。
「師匠?」
「安心しろ。殺してはいない」
手際よく手足を縛り付けながら恐る恐る物陰から出てきた一班のメンバーに見せる。確かに呼吸はしているが瀕死だ。
相変わらず容赦がない。
「神はこれくらいじゃ死なない。悪魔共が身体中の魔力を食らいつくしたはずだから暫くは魔法も使えないだろうし」
魔力を抑える布で簀巻き状態にしながらそう言う。
念には念を、とは言うがやり過ぎな気がする。
「こいつの見張りはお前らに任せていいか?」
「はい」
『承知しました』
白目を剥いて気絶している男を結構乱暴に縛り上げたリシャットは直ぐ様走り去っていった。
「本当、嵐のような人ですよね……」
『はい……』
キキョウはさっさとリシャットが移動を開始する事をなんとなく直感で察していたので、先に肩の上に移動していた。
いい判断である。
走っているときの風圧で飛ばされなければいいのだが。




