「なんだあの化け物………」
「……百歩譲ってそれが仲間になったとしてだ。裏切られる可能性はあるだろう」
「いや、それはないです。もしそうなった場合……叩き潰すか息の根を止めます」
過剰すぎるように聞こえるが、両方似たようなものである。要は重傷かこの世とのお別れかという二択なのだ。
リシャットにとってはどちらも大きなことはしなくていい。手加減するか、しないかの違いだ。
「じゃあ先頭は自分が行きます。一番後ろはこいつで」
「大丈夫なのかよ……」
「問題はありません。死角でも『見えます』ので」
もう同じ言葉をしゃべっているのかと不安になるほど人の話を聞かないリシャット。
所々意図的に無視しているようだが、果たしてどう言うことなのだろうか。
「それじゃあ、進みますか」
女子供をなるべく壁際に、リシャットの手信号で少しずつ進んでいく。
ただ歩いているだけなのだがやけに神経を使うので疲れるのが早い。
(ここは下りれそうか)
『不可能ではありませんが、万一の場合があります』
(それもそうだが逆にここ以外のルートは?)
『中央の螺旋階段です』
(監視カメラがあるだろ)
『誤魔化します。ここのセキュリティーも乗っとりましたので』
少し手間取りましたが、と付け加えてはいるがこんな簡単に乗っ取れたら普通は事件である。
「中央階段から降ります。足音をたてないよう、くつを脱いで降りてください」
「カメラは」
「誤魔化します」
どうやって? という疑問の声には答えなかった。こんな様子では不気味だと言われても仕方がない。
「………?」
なにかに気づいて周囲を見回し始めるリシャット。全員に隠れるように手信号を出し、自分も柱に隠れる。幸いにしてこの建物が構造的に柱が多く、隠れる場所は幾つもあった。
少ししてから足音が聞こえ始める。皆バレないよう必死に息を潜め………
「クチュン!」
耐えていた呼吸がくしゃみと共に吐き出てしまった。
「なっ、てめぇ……」
バレた‼ 全員が息を飲む。黒い服を着た男は拳銃を持っている。あれで狙われたらお仕舞いだが、
「声を出したらそのご自慢の玩具であの世に行けるが、どうしたい?」
リシャットがそれを許すはずがない。
いつのまにか相手の後ろに回り、右手で口を塞ぎつつ左手を掴んで背に固定させ、なにも持っていない左手で相手が銃を持っている右手を頭に向けさせた。
一瞬だった。しかし、襲われているのがどっちかわからなくなりそうな台詞と体勢である。
「グッ……」
思いっきり、相手がリシャットの右手に噛みついた。が、リシャットは眉ひとつ動かさずに寧ろその体を締め上げる。
「……死ぬか?」
耳元でささやかされたその言葉に嘘偽りの気などなく、本気で殺しにかかっていることが嫌でも理解できる。
両手をあげて、膝をつくしかなかった。リシャットは首筋を軽く手刀で叩いて気絶させてからロープで縛り上げる。このロープは撮影現場から持ってきたものだ。
「皆さん怪我は?」
全員がゆっくり首を振るとリシャットは満足したように頷いてまた先導しはじめる。途中、喫煙室を見つけたのでそこに入った。
「ここなら物が沢山あるのでバレないでしょう」
「あんた、凄いんだな……」
「なにがです?」
「あんな一瞬で」
「昔少しだけ習ったんですよ。それの応用です」
平崎がリシャットの前に来て、
「リシャット・アルノルド。手、大丈夫なの?」
「噛まれたやつですか?」
「そうよ」
「こっちは最初からないので」
「……ない?」
ガコン、と腕を外すリシャット。それを見た全員の動きが止まった。
「腕が……」
「はい。亜人戦闘機になにかしら薬品を打ち込まれたので自分で根本から切り落としました」
「切り落とした……だって?」
「痛くないの?」
「私は傷付くことに快感を覚えるタイプではないので普通に痛みはありますよ。寧ろ皆さんより敏感かもしれません」
寧ろよほどの攻撃ではないと傷すらつかないので少しの傷でも体が過剰反応してしまうこともある。
そう言われて初めてリシャットの手が古傷だらけなことに気がついた。
顔にはほぼそういった傷は見えないので誰も気づかなかったのだ。
「さて。休憩は終了です。もう一息ですので」
動作確認を終えたリシャットは直ぐに立ち上がって警戒しながら扉を開ける。
音で人の居場所はわかるのだが、慎重に慎重を重ねて悪いことはないだろう。
「………」
窓の外を確認し、壁に耳をあてて震動でどこから音が聞こえるか探す。そしてまた喫煙室に戻った。
「少しだけ厄介なことになりそうです。のでとりあえず倒せるやつは倒していこうかと思います」
「それって自分からテロリストに喧嘩をするって⁉」
「まぁ、そういうことです。どうやらあっちはここに立て籠るつもりのようですから、あまり時間をかけているとタイミングがなくなりそうです」
何でそんなことがわかる、と聞かれて、
「音です」
「音?」
「私、耳がいいんです。五感のなかでも特に」
「そんなことでわかるのか」
「心拍数や呼吸で相手が嘘をついているかどうかや、足音やその細かな空気の揺れで誰がどこにいるか大抵はわかります。勿論声でも」
指を口元にあて、ライレンに外を見ていてくれと伝えてから音もなくその場を去っていった。
「なんだあの化け物………」
誰かがそう呟いたが、それは間違いなく全員の気持ちを代弁したものであっただろう。
「よっと……とりあえず全部片付けたな」
『後は人質の周囲だけですね』
「そっちも今のうちに片付けても……」
放送のチャイムがなる。反射的に身構え、その放送を聞いた途端に急いでもと来た方向へ走り出した。
「⁉」
「すみません、とつぜん」
急に空いた扉に全員が肩を震わせた。そこにはリシャットが立っている。
「今の放送、聞いてましたか?」
「え、あ、はい……なに言ってるかわからなかったけど……」
「じゃあ全館放送か……すみません。時間が惜しいので人質解放に動きます。音をたてないように注意しながらついてきてください」
元々テレビ局というのは占拠されにくいような構造になっているはずなのだ。なのでリシャットのような規格外がいなければ突破は本来難しい。
それ故にかなり遠い道のりを歩いていることになるのだ。
逃げるために作られていないので。
「ではここで息を潜めて待っていてください。何があっても、出ないように」
掃除用具入れに全員をぎゅうぎゅうに詰め込んでリシャットが恐ろしい早さで動き出す。
(ここにいるのは5人です)
天井のテレビの裏に張り付いて様子をうかがう。運よくここには観葉植物が多いことに気づいた。
少し遠いが、多目に魔力を注ぎ込めばいけるだろう。
リシャットは小さく首を回してから両目をギラリと光らせた。




